長女 交通事故 追記

朝5時頃、先生が病室に来てくれた。

「ここはどこかわかりますか?お名前は?」眠そうに答える長女。「もう大丈夫でしょう。付き添っていなくてもいいですよ。」先生の言葉にホッとした。

結局、早朝に家に一旦戻り、次女を駅まで送り、また病院へ。お昼過ぎにもう一度家に帰り、「あいつはオレのことを嫌ってるから・・・。」と言う夫を説得。「○ちゃんも待ってるから。」と病院へ連れて行った。

長女は何事もなかったように父親を迎え入れた。「よっ!」「大丈夫か?じゃなくて・・・久しぶり、かな?」夫はそれっきり何も話さない。長女はそれにかまわず、ずっとしゃべり続けている。

夫は長女の顔を見たらホッとしたんだろう。もう半年も顔を合わせていなかったから・・・もしかしたら早く会いたかったかもしれないね。長女はそうでもなかっただろうけど。そう思った。

お見舞いに来たら、家族は病室に少し滞在するのが普通かな?でも、夫はすぐにそわそわし始めた。今までのパターンだと、この後不機嫌になるんだけど・・・。長くいられないことはわかっているから、早めに夫を家に送った。

二人とも自分から謝るとか、そんなことはしていない。でも、これで長女は今の生活を夫に認めさせてしまったね。これからは堂々と実家にも来れる。「怪我の功名」?事故のドサクサは長女にとって有利に運んだ。まあ、夫もどこかで仲直りの時期を探していたかもしれないから、これでいいんだろう。

夫は車の中で長女のことを「どうせオレの言うことなんか聞かないし。」「(誰かさんが)そんなふうに育てたんだから。」とずっと言っていた。結局わたしのせいなんだ。

夕方、加害者の方が来ることになっていたから、また病院へ戻る。この日は5往復くらいしたかも?加害者の方も大変。他人事じゃないね。

翌日、少し落ち着いてきたら、長女は「お風呂に入りたい」「もう退院したい」と大騒ぎ。もう少し安静にして様子を見よう、って言っても聞きゃしない。

先生も「じゃあしょうがない、今日帰って良いよ。」って・・・2日しか入院しないで、長女は退院した。

その日は我が家で4人で退院祝いの食事をした。夫と長女はテンションが高く、二人でテレビを見ながら大笑いしていた。

あとで次女と話した。

いつだって、夫と長女は(姑もね)自分勝手に振舞い、周りを巻き込み、結局思い通りにしてしまうんだ。それで、自分がこの世で一番大変、辛かった~って叫んでる。ハラハラして気をもんで、振り回されるのはいつでもわたしと次女だね、って。

それでも、大きな怪我もなくて良かった。「生きてて良かった。まだやりたいことたくさんあるもん。」と長女。ホントに、生きてることに感謝♪だね。 (字の大きさがおかしくなってしまって直りません。読みにくくてすみません~。)

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長女 交通事故

「生きてるならメールくださいねheart04」9日土曜日夜10時半過ぎ、長女にメールした。

夏休みに入り、サークル・バイト・友達と遊ぶ計画もたくさん。少々はしゃぎ気味の長女。前日も次女と買物に行った後、バイト先の仲間と食事して、高校時代の友人が泊まるって、楽しみにしていた。

珍しく丸一日メールの返事がないので、そろそろバイトも終わっただろうとメールしたけど返信なし。「たぶん大丈夫だろうし。干渉しすぎかな?」なんて思っていたら着信があったので、かけ直すと・・・。

電話に出たのは男の人。「こちらは警察署事故処理担当です。娘さんが交通事故にあい、病院に搬送されました。」

驚いたと当時に、「いつかやるんじゃないかと思っていた・・・」そんな気持ちがあった。よりによって、警察署のまん前の交差点で、自転車で横断歩道を渡っていて、右折車に跳ねられたらしい。

電話では怪我の様子は全然わからない。とりあえず、病院の場所を聞き、次女と車で急行した。夫は寝ているみたいなので、黙って出かけた。11時半過ぎていたね。

次女が「助手席ナビ」を駆使してくれて、無事に病院に到着。夜間入口から入ると、すぐ診察室だった。ちょうど、CTとレントゲンの写真を見ていたところらしい。

長女は椅子に座っていて、わたしたちをみると「よっ!」と軽く手をあげた。目が真っ赤だ。(この「よっ!」ってのは夫のいつもの挨拶で、いつの間にか娘たち二人もこれが合言葉代わりになってるんだ。)

「お母さんですね。怪我の様子をお話します。」若い女性の先生が丁寧に説明してくれた。

それによると、車はけっこうスピードが出ていたらしく、跳ねられてボンネットの上に乗っかってから落ちたらしい。打撲と擦り傷はあるものの、骨折や頭の中の出血は今のところ認められない。

ただ、頭を強く打ってると言うことだった。ショックからか記憶がとんでしまってるらしい。わたしたちのことはわかるし、自分の住所などは言えるけど、バイト先を出てから事故にあって救急車で運ばれたことは覚えていなくて、病院にいる事が理解できていない様子だ。

もともとお茶らけキャラだけど、ちょっと度を越した感じで、落ち着きがなく、絶えずバッグの中をかき回している。レントゲン技師の方に「どこかでみた事がありませんか?」なんて笑いながら話しかけてる。

「これは医学的には『ふざけ』といって、事故のショックによるものだと考えられます。もともとこういうキャラかなあ・・・とも思われますけど・・・。」

「お姉さんって、いつもこんな感じ?」「う~ん・・・」先生の質問に次女が首をかしげる。わたしは長女は少し浮ついてるけど、いつもこんな感じだと思ったけど。「同じことを何度も繰り返して話してるし、ちょっとおかしいよ。」と次女。

後になって打った所が痛くなったり、内出血が見つかるケースもあるので、とりあえず、数日間は入院して安静にして様子を見たほうが良い。また2ヶ月くらいは経過観察が必要だとの診断だった。

一晩は付き添いが必要、とのことだったので、長女を病室に残し、次女を送りながら、必要なものを取りに一旦家に帰ることにした。

「今日、何か大事な用があったように思うけど思い出せない。」何度も何度も言う長女。バイトを休んだら迷惑かけるから・・・と心配してるから、とりあえずわたしがバイト先の店長に電話した。朝5時までのお店なので、12時半過ぎだったけど店長はお店にいた。大変だね。

次女は練成会のため、朝7時の電車で出かける予定だったけど・・・「送ってくれなくて大丈夫。一人で起きてバスで行くよ。弁当も作らなくてもコンビニで買うから。」と。いじらしいくらいしっかりしてる。

「パパにはパニクるから言わない方が良いんじゃない?」と次女。でも、そういうわけには行かないよね。気が張ってたけど、正直言ってわたしも心細かった。こんな時、娘たちのことを相談できるのは父親である夫しかいないしね。

寝ている夫を起こした。もう1時過ぎていた。「○ちゃんが事故にあったから、これから病院へ行って泊まるね。」夫は驚いたけど、わりに静かに起き上がった。

「・・・オレが全部悪いんだ。」夫は最初にそう言った。「そんなことないよ。○ちゃんも、みんなに迷惑かけたって気にしてた。たぶん、夏休みではしゃぎすぎたんだよ。パパのせいじゃないから。とにかく行って来るよ。落ち着いたら、明日にでも一緒に病院へ行こうよ。」

夫がパニクってキレるんじゃないか?・・・それは娘たちもわたしも心のどこかに怖れがあった。でも成長したのかな?意外に心配するほどでもなかったね。

4時間後には起きるから灯りをつけたまま寝る、と言う次女を残し、車で再度病院に向かった。入口を入ったところで、加害者の運転手の方が待っていた。30代くらいのサラリーマン風の方。警察での事故処理が済んで、こちらに来たということだった。

他県に住んでいるそうなので、少しお話して帰っていただいた。明日もう一度来てくれるとのことだった。「申し訳ありません。」と頭を下げてくれたけど・・・わたしも運転する身だから、他人事じゃないよね。

長女は落ち着きがなく、同じことを何度も何度もくり返し言い続けた。さっきいったことを忘れてしまったり。まるでアルツハイマーの利用者さんみたいだ。

ようやく長女が眠ったのは2時半過ぎていたと思う。わたしは椅子に座ったまま仮眠していたけど、冷房が効きすぎで寒くて目が覚めた。もう4時だ。朝だね。

続きます。

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次女 初段取得

昨日は次女が剣道の段審査。無事に初段を取りました。

高校に入ってから始めた初心者だから・・・「これで目標は達成したからいいや。」だって。

初段は割りに簡単(?)だけど、その先になると難しいらしいよ。二段三段を受けた同級生や先輩はけっこう落ちていたって。

まだ次女が面をつけて竹刀を振ってるところを見た事がないんだ。翌日が試合や練成会だからって、防具を持って帰ってきたときなど、車での送り迎えだけは良くするんだけど。

部活を引退するまでには一度くらい応援に行きたいんだけどね。

審査会場の体育館まで迎えに行った帰りに、車の中で木刀を見せてもらった。「これでパパを一発殴りたいね。」(わたし)・・・ってコラ!!

「有段者になったから、もう人を棒で殴っちゃいけないんだって。」「??有段者じゃなくても、人を殴ったらダメじゃない?」・・・要は、技術がある分、棒も凶器になるってことだろうけどね~~。

次女は体力がないのに、弱音も吐かずいつも淡々と頑張ってるんだ。足の爪をはがしたり、手に豆を作ってそれがつぶれたり、今は体中あせもでいっぱい。痛々しいよ。

夫からは「お祝い」と称し、千円もらったらしい。しっかりしてる。

今日は部活が休みなので、大学のオープンキャンパスに友達と出かける予定だって。夏休み中に3校行く予定だけど、有名大学ばかり・・・大丈夫なのかな?まあ、まだ夢いっぱいでいいとおもうけどね♪

ともあれ、良かったね。おめでとうhappy01

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「親を捨てる」その2

夏休みが始まり、すぐに次女は2泊3日の合宿へ。暑くなってバテバテだったので心配していたけど、わりに元気に帰ってきたので、一安心。来週は段審査も受ける予定。

長女も試験とレポートで追い込まれ、先日うちに来て泣き出しちゃったので、あわてて助っ人に・・・あまり手を出さない方がいいかなと思ってたけど、部屋の片付け・洗濯や食事のしたくは少し手助けしてあげることにしたよ。

あと少し試験が残ってるけど、バイトも頑張ってるし、何とか乗り切れそうだ。先日はバイト先のお店がバラエティー番組で紹介され、スタッフで長女も少し映っていたよ。

先月収録されたもので、ビデオには録ったけど夫に話していない・・・。話せば喜ぶかもしれないんだけど、長女が来るたびに必ず大きな音を立てて嫌がらせするからなあ。何となく話す気になれない。

子どもが親を殺すニュースが出るたびに長女はつぶやく。「気持ちはわかるなあ。でも、わたしはやらないよ。親のために自分の人生を狂わせたくないもん。」

夫は「オレも殺されるかなあ?」だって。「殺したりしないよ。」とわたしは答えた。「殺したい」「消えて欲しい」娘たちは小さな頃から、何度も何度もそんな思いを味わい、泣きながら乗り越えてきたんだもん。今さら・・・って感じ。

自分の大切な存在である「父親」に対してそんな風に苦しんできたことを思うと、かわいそうでならない。でも、夫もそうだったんだから・・・「オレも今の時代なら犯罪を犯していたかもしれないなあ・・・犯罪者にならなくて良かった。」とよくつぶやいてる。

親子や家族だからって、仲良く心が通じるとは限らない。むしろ、家族だからこそ、愛憎があって苦しいよね。しみじみ感じる。

殺すくらいなら、捨てれば良い。そう思うよ。長女が出て行くときにもそう言ったしね。長女も「もうわたしには父親はいないものだと思うことにした。」と先日言っていたよ。「それでいいよ。逃げられるものなら逃げれば良い。もう、パパに縛られることはないよ。」わたしはそう答えた。

長女も今は中途半端な形だけど、それでいいと思うんだ。先日の様子を見ても、遠くに出すのは無理だっただろう。少しずつ段階を踏んで自立して行けば良い。長女を出して、次は次女・・・少しずつ、夫の支配から卒業させてあげないとね。

ともあれ、そんな環境や自分に負けるな!頑張れ!自分で人生を切り開いて幸福をつかんで欲しい。・・・夫や娘たちに対して、祈るような気持ちだよ。そのためにわたしが何を出来るかわからないけどさ、そばで見守り支えてあげられたら、と思うんだ。

それにしても・・・万一、我が家で何かトラブルが起こったら・・・「やっぱりねえ。ピコピーさんち、年中ゴタゴタしていたもんね。」と言われそうだね。長女ともそういって笑っていたよ。

最近のブログを見たら、彼②の事が全然書かれていないことに気がついた。週2回会ってるんだけど、かえって何事もなく穏やかで自然だから、書く事がないのかな?

ただ、彼②は彼①と違って感情をあまり表さないし、口数も多くないので、何を考えてるのかわからないんだ。ちょっと不安になったから、この間聞いてみた。

「ねえ、いつもヌーっとしているけど、わたしといて楽しいの?」②は驚いたように、「そりゃあ、一人でいたってつまらないしさ。」「・・・」「そのたびに嬉しそうにするわけにも行かないだろ?」「じゃあ、わたしは来ていいんだね?」「もちろんだよ。」だって。

それを聞いて安心したよ。②とはあっさりした付き合いだから楽だけどね。時々は自分の存在が相手にとっても大切なんだと実感したいじゃない?まあ、わたしがのめりこみやすいのをわかっていて、あえて距離を置いてるのかもしれないけどね~~。

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次女の自立宣言

月曜日、母が庭で取れた野菜を姉たちに届けたいから、って電話があった。

わたしは昼間は仕事があるから、取りにいけない。夕方帰ってきた夫に、「夕飯が済んだら、急いで母のところに行ってくるね。」と言ったら、夫が爆発した。「毎晩毎晩、ガタガタして・・・いい加減にしろよ!行くんなら、今すぐ行って来いよ!」

「毎晩って・・・そんな遅くに何もしてないじゃない?○ちゃん(長女)が来た日だって、11時だったし、次の日は休みなんだから・・・そのくらい良いじゃない?」「・・・」「それに今からわたしが出ちゃったら、ご飯どうするの?食べるんでしょう?」

夕飯に何よりもうるさい夫が、食べないで済むわけがない。とりあえず急いで準備。次女も帰ってきて、急いで夕食。夫は何事もなかったように笑っていた。

何も、夜に野菜をもらいに行かなくても良いようなものだけど・・・母は新鮮なものを姉たちに届けたいんだ。わたしが翌日、(彼と会うついでに)姉たちのところへも寄ることを電話で話したからだろう。母の気持ちもわかるから・・・。

次女は夜のドライブが大好きだから、一緒について行くと言う。夫の様子を気にしていたけど、「いいよ、一緒に行こう!」とわたしが言ったら、喜んだ。

母の家へ向かう車の中で、「お姉ちゃんの様子見てるとさ・・・大学に入ると生活が変わるね。いろんなことで帰りも遅くなりそうだね。できれば家から通いたかったけど・・・遅くなるたびにパパに何かされるのは嫌だからさ・・・わたしも大学に進学したら家を出るよ。」次女が突然言い出した。

次女なりにいろいろ考えていたんだろう。やっぱり夫の生活音に対する反応は異常だもの。いずれは自分に矛先が向くだろう、そう感じるんだね。

食事のことが一番心配だし、一人でいるのは寂しい。かと言って、自己中の長女と一緒に暮らすのは自信がないから、賄い付きの学生寮のようなところに行きたいって。

「どうせならさ、パパがお姉ちゃんみたいに一人で暮らして、ご飯だけ食べに来ればベストなのに。」わたしが言うと、「ムリだよ。あの人は治らない。それに寂しがり屋なんだから、一人ではいられないよ。」と次女。

「いつかは出なくちゃいけないんだからさ。」まだ16歳なのに、もうそんなことを考えているんだね。

二人とも、わたしを残して巣立ってしまうんだ・・・わたしの心には寂しさがこみ上げた。長女に続き次女も?今高2だから、まだ1年半先だけど・・・こんなに早く、二人が自立するなんて考えてもいなかったのに。我が家の近辺は都会に近いので、子供たちは結婚するまで家にいる人たちが大半だしね。

次女の方が話しやすいし、ホッとできるし、一緒に出かけることも多いから・・・自分でも知らないうちに次女に寄りかかっていたんだろうね。でも、それはもうかわいそうだ。次女も解放してあげないといけないんだ。そう思った。

「☆ちゃんまでいなくなると寂しいな。ママは自信ない。・・・でも、家は出たほうが良いね。そうしなよ。応援するよ。」とわたしは言った。

まだ先の話だけど、次女と暮らせる時間も限られてきたと思うと、急に寂しくなった。わたしは家庭に恵まれなかったから、人一倍家族にあこがれ、必死にこの家を守ってきた。でも・・・娘たちには、辛い思いもたくさんさせてしまったんだね。

娘たちが出てしまった後、わたしと夫と二人になったら、どうなるんだろう?まあ、もう少し先だからゆっくり考えればいいね。次女は思い切って少し遠くに行くかもしれないし、少し成長して許せれば、長女と暮らすこともあるかもしれないし。

寂しいね。次女もいなくなったら、心にポッカリ穴が空いてしまいそうな気がする。でも・・・わたしがしっかりしなくちゃいけないんだね。子どもたちだって、いろいろ悩んで、家を出て行く道を選択するんだから。

水曜日の夜、長女がご飯食べに来たんだけど・・・わたしたち3人が笑っていたら、夫がこの前より大きな音で戸を閉め、テレビとCDを大音量にした。あれではうるさくて、自分も訳わからないと思うけど。

「いつもあんななの?」と長女。わたしが言葉を濁すと、「良いんだよ。気を使わなくて。わたしが来たからなんでしょう?」

長女は大学で仲の良い友達が二人できたんだって。一人はお父さんと大の仲良しで、「一番尊敬してる」とかで、待ち合わせて同じ電車で帰ったりしてるんだそうだ。

もう一人は昨年お父さんが亡くなったんだそうだ。地方から上京して、奨学金をもらいながら頑張ってるんだって。最近になってお父さんのことを打ち明けられたらしい。お父さんのことを思い出すと寂しい、と言っていたって。

「それを聞いたら、わたしも少し反省したけどさ・・・今、家に来て思ったよ。うちはやっぱりうちだって。」

そんな長女の言葉を聞いて、次女は黙ってタオルケットをかぶって寝てしまった。

「親が仲がいい人は結婚してもうまく行くらしいよ。結婚する時は親を見るといいんだって。・・・やっぱり、わたしは結婚しないつもり。」と長女。

「そんなこと・・・わたしは見本を示せなかったけど・・・その人の環境はどうあれ、それに負けないでさ、自分の理想を追い求めて頑張っていけば良いじゃない?」

本心でそう思うんだけど・・・娘たちに哀しい思いをさせてしまう自分たちが情けない。だからって、どうすればいいの?精一杯頑張ってるけど、うまく行かないんだ。

夫の気持ちもわからないわけじゃない。抱えているものが大きいんだから、しょうがない。「これ以上、娘たちの心を傷つけないで!」と叫びたいけど・・・「オレがいちばん辛いんだ!」って、小さな僕ちゃんの心の叫びが帰ってくるのが関の山のような気がして、話す気持ちにもなれない。

はあ~ダメだね。・・・それでも、娘たちは自分で考え、自分できちんと生きて行くだろう。それを応援し、わたしも頑張ろう。これで良いのかどうかわからないけど、今はこのまま進むしかない、そう思ってる。

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少し寂しくても・・・。

う~・・・どうも、心身ともにイマイチの状態が続いてる。もう2ヶ月くらいかな?もともと春先はあまり調子が良くないんだけど、今年もダメだわ~~。

朝起きると、すごく悲しい気持ちに襲われる・・・「うつ」なのかなあ?と思っちゃう。それでも、起き出して早朝パートへ行き、娘のお弁当作ったりしてると、少しずつ元気になってきて、「今日も大丈夫かな?」と思う。

夜も全然ダメ。長女がいなくなって静かになり、夕食が済んで夫が部屋に引き上げるとホッとして、次女と二人でテレビをつけたまま、ひたすら寝てる。12時過ぎると、「布団で寝ようか?」と二人で起き上がる、毎日そんな感じ。

頭痛や肩こりもちょっと辛いかな?更年期?年かなあ?と思っちゃう。

もともとわたしは体が丈夫じゃないから、休み休み、だましだまし、って感じで日々を頑張ってきたんだよね。だから、今でも母が心配するんだ。人間ドックの血液検査でも「全ての数値が基準より低い。」なんてわけのわからない診断。別に病気じゃないらしいんだけどね。

考えてみれば、彼が転居してから1年くらい、異常なほど気持ちが高揚していたと思うんだ。体はどんどん痩せていき、頭痛や首の痛みがピークでも全然疲れを感じなかった。家事や仕事も全部こなしてた。心はボロボロなのに、やることだけはいつも以上にキッチリやる事が出来た。

そんな高揚した状態が長く続くはずがないから、そろそろ反動が出てきたのかもしれない。今はゆっくりゆっくり、やれることはやって、最低限の家事や仕事をこなして、この気持ちもやり過ごしていけば良いかな?そう思ってる。体重も戻ってきたしね。

このところ、彼に対する気持ちが変化し、何だか力が抜けてきたし。夫に対する怒りの気持ちも、あまり湧いてこなくなった。以前は精神的に不安定になると、「夫のせいだ!」と思い、それで少し気が紛れていたんだよね。

でも・・・最近は、いろいろ落ち着いてきたせいかなあ?自分の気持ちが不安定なのは「誰のせいにも出来ない。」そう感じるようになった。ちょっと寂しいけど、しょせん人間は一人なんだよなあ、と思ったり。

それでいいのかもしれないね。わたしは人との距離がうまく取れなくて、愛しすぎたり尽くしすぎたり・・・それはもうやめるべきなんだ。たぶん、やめる事が出来るようになってきたのかも?

彼②とは、夫や彼①とは違ってどこか距離があるように感じて寂しいけど、きっとこの方がいいんだ、そうも思うんだ。今まで、他人とこんなふうに付き合った事がなかったから、ちょっと戸惑うけどね。お互いに自立した関係・・・そんなのが築けるかな?②に勉強させてもらってる、そんな感じだ。

自分の中の寂しさを持て余し、でも表には出せずにいたら・・・たまたま、娘たちとご飯を食べに行く機会があった。雨がひどかったから、長女のバイト先に車で迎えに行って、その帰りに「寄って行こうか?」ってことになったんだけど。

何も言わなくてもさ・・・ただそばにいるだけで、ホッとするんだよね。娘たちの存在に感謝したよ。それと同時にさ・・・夫も含め、わたしたち家族はみんな寂しがり屋なんだよね。娘たちも時々言ってるけど、自分のことはよくわかってる。

そんな寂しがり屋の自分を見つめた上で、気持ちはしっかり自立して行かないとダメなんだ。みんな言葉に出さなくても自分でわかってる、だから必死で頑張ってるんだね。夫もたぶん、そうだと思うんだ。

そんなふうに頑張ってるからこそ、家族の存在は大切なのかもしれない。寄りかかる場所とかじゃなく、時々休む場所であり、いつでも自分を受け入れてくれる場所としてね。うまく言えないけど・・・。

夫や娘がいてくれてよかった・・・そんなふうに感謝して、温かい気持ちになった。夫がいたから、わたしは彼①のところに行かなくて済んだ。結果的にはそれで良かったんだよね。夫はわたしにとって、不思議な存在なのかもしれないね。

今日の夜は大好きなドラマ「絶対彼氏」があるから・・・元気出して行こう♪

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入学式を終えて・・・。

今週、長女の入学式があった。大きな大学だから、武道館で行われたんだ。周囲の桜がすごくキレイでさ~感動しちゃった。武道館と言う場所柄もああリ、「やっぱり日本人は桜だよ!」なあんて、わけもなく意気込んじゃったりしてね。

入学式もスゴイ人で、伝統校らしく様々な催しがあった。新入生は初々しくて、夢と希望がいっぱいだね。

長女は思いの他、一人暮らしが楽しいらしくて、もうルンルンだ。インターネットなどでいち早く新しい友達も出来たらしくて、メールしまくってる。電車の中でも待ち時間でも家でも、ずっと携帯をいじってる。

家にいたときは全く家事もしなかったのに、ひとりになったらやる気になったらしい。洗濯もしてるし、料理が得意な友達を呼んでご飯作りにもチャレンジしてる様子。

それもさ~その友達のうち、一人は男の子なんだよ~~。幼稚園からの幼なじみだから心配ないし、ちゃんと隠さずに話してくれるからいいけどさ・・・「パパを見ていると、男なんか信じられない。わたしは絶対結婚しない。」なんて言ってたのに。いきなり、男の子を家に入れちゃうってのも驚いたよ。

大学生になって世界が広がり、良い友達にたくさんであって欲しい・・・と願う反面、男性に免疫がないし、わたしと似て意外に惚れっぽいので心配だわ~~。でも、あまりうるさく言うと逆効果だしね。

とりあえず、部屋に帰ったら必ずメールを入れることを約束した。また、学業が第一だから、友達を呼ぶのはいいけど、たまり場にならないように程々にするようにね、と話した。

家を出て10日ほど・・・だんだん父親のことを考えなくなった。「忘れていたよ。」なんて言ってる。「ホントに解放されたよ。ホッとした。今は伸び伸びしてる。わたしは自由を手に入れたんだ。」

はずみで出てしまったみたいだけど、これで良かったんだね。心からそう思う。

長女がいなくなって、夜が静かになった。次女も話し相手がいなくなって、少し寂しいみたいだ。気がつくと、次女とわたしはテレビをつけっぱなしでコタツで寝てしまっている・・・そんな毎日だ。

夫はもうひと月近く、長女と会っていない。この先もしばらくはムリだろう。父親の話題が出ると、長女はまだダメなんだ。だんだん逆上してきてしまうしね。

わたしが逐次、長女の様子は報告してるんだけど・・・夫は黙って聞いていて、何もコメントしないんだ。ホントは寂しいだろうね。長女の合格を誰よりも喜んでいた夫だから・・・外にも出したくなかっただろう。何でこんなふうになってしまったのか?自分でもよくわからないに違いない。

先日も、小さい頃、母親がとにかく厳しかったことを話しながら「今だったら、オレは親を殺すか、犯罪者になっていただろうなあ。」と訴えていた。「オレなりにそんな環境の中で、自分はそうならないようにと頑張ってきたんだ。子どもたちにもうるさく言わないようにしてきたつもりなのに、それでもやっぱりダメなんだなあ・・・。」

わかってる、わかってるから、わたしと次女は出て行かずに夫の元に残ってるんだよ。そう言ってあげたかったけど、今までの仕打ちを思うと、「パパも大変だったよね。」と言うのがやっとだった。次女は黙って聞いていた。

長女が出て行ったことを聞くと、友人たちは一様に「次女ちゃんは大丈夫?そっちの方が心配だよ。」と言ってくれる。

そうなんだ。これから先、まだ心の支配から完全に抜けられず、蒸し返す時もあるだろうけど、とりあえず長女は解放された。なまじ近くだからこそ、もううちには帰ってこない、そんな気がする。

次女はこれからどうするんだろう。まだ高校卒業まで2年あるから、「わたしは家を出ない。大学もここから通う。」と言ってるけど、長女の様子を見たら、考えが変わるかもしれないね。

また、長女を解放したのに、次女をずっと大変な環境のもとに残しておくのも不公平だし、かわいそうな気がする。長女がいなくなった分、夫の気持ちもますます集中してしまそうだし(夫にはそうならないようにと注意したけどね)、わたしの愚痴やぼやきも耳にする機会が増えてしまうだろう。

かと言って、長女が出て行ったばかりで、もうすぐ次女も・・・と考えただけで、寂しくてどうしようもなくなってしまうんだ。

実はさ・・・寂しくてさ、心も体も悲鳴を上げてる。腰痛もひどいし、胃も痛い。薬局に行ったら、「疲れてるんですね。」と言われたよ。

ひとりになると泣けちゃってしょうがないんだ。だけど、夫の前では泣けない。「オレが悪いって言いたいのか?」って責められるような気がしちゃうんだ。夫も寂しいと思うけど、一緒に寂しさを共有することはできないんだ。

気晴らしに友達とお酒でも飲みに行こうかな?とも思うけど、そうすると次女と夫が二人きりになってしまう。夫がいつまでも次女と一緒にいるのも嫌だけど、部屋に引き上げてしまうと、次女もひとりだと寂しくなってしまうんだって・・・そんなことを聞くと、慣れるまではあまり出かけないほうがいいかな?とも思っちゃう。

長女も、愚痴をこぼしながらも夫の元から逃げることの出来ないわたしを否定する時も来るかもしれないね。娘たちを護りきれたのかどうかもわからないから・・・今までの反動で、夫だけでなくわたしや自分の家のことも否定し、憎しみが増すかもしれない。それは仕方がないかな?そこまで考えちゃうんだ。

しばらくは心もザワザワしそうだけど・・・多かれ少なかれ、みんな通ってきた道だよね。子どもの自立って喜ぶべきことだけど、親は寂しいね。

母と二人暮らしだったのに、サッサと進学で家を出てしまったわたしなど・・・母は寂しかっただろう。そう思うよ。でも、「寂しい」って一言も言ったことはなかった。結婚の時も同様。いつだって「お前の好きにすればいいよ。」って。

少しずつ、こんな生活にも慣れていくよね。仕事をしていて良かったと思う。今月から、新しい利用者さんも3人担当になったし・・・頑張ろう♪

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「親を捨てる」

彼①には、「メンタルヘルスを受けたら?」って気軽に勧められたけど、夫にはなかなか切り出せない・・・どうしてだろうね?やっぱり怖いのかなあ・・・?

昨日の朝、夫が吐き捨てていった不機嫌な態度に我慢が出来ず、メールした。

「なかなか切り出せないので、メールにしました。時間が出来たら、パパもメンタルケアを受けてみたら?専門家の意見は参考になると思います。」

夫からはすぐに返信が来た。「大丈夫ですから。○ちゃん(長女)と普通にまた生活出来たらいいんですが。」

・・・違うんだ、そうじゃないんだ。「大丈夫」なんかじゃないんだ。

わたしは絶望的な気持ちになった。なぜ、長女が家を出て行こうとしているのか?長い間、どんな気持ちでわたしたちが夫と暮らしてきたのか?全然わかっていないんだ。夫は自分を見つめ直そうとか、何かを変えていこうとかそんな気持ちは全くないんだね。

それなりに悩んでいるのかもしれないけど、わたしたちが考えてることとは全然違うところにいるんだ。

「きちんと働いて家にもお金も入れて、子どももかわいがって、奥さんにも子どもにも好きなことをさせてやってる。こんなにオレが頑張ってるのに、どうしてこうなるんだ?」そう思っているんだろう。

わたしたちが夫のストレスのゴミ箱になってきた。その事実を見つめようなんて気は、これっぽっちもないんだ。原因は別のところにあるとでも思っているのかな?

夫は「大丈夫だ」と言って、これからも残ったわたしと次女に精神的暴力を浴びせ続けるんだろう・・・そう思ったら、胸が苦しくなって来た。泣きたいけど、涙も出ない。

長女はずっと夫とは顔を合わせていない。同じ屋根の下に住んでるのに、口も聞いていないし、食事も一緒にしていない。

父親の気配がするだけで、カッとなってしまう様子だ。口を開けば父親への恨みつらみを吐き出す。これは良くない・・・だったら早く離れて、姑の部屋に住めばいいのに、寂しいみたいでなかなか行動に移せないんだ。

昨日も昼間はテレビを見てダラダラしていたけど・・・夜9時過ぎに夫が帰ってきて、次女に話しかけた様子を見て、突然立ち上がった。「わたし、今日出て行く!今日からばあちゃんの部屋に寝る。」だって。

「ホントに今晩から?」と聞いたけど、もう父親の後にお風呂を使うのもいやだし、顔も見たくないって。「じゃあ、そうしなよ。」と言ったけど、わたしは手伝わなかった。長女はスーツケースに身の回りの物を詰め、ひとりで2往復した。歩いても5分ほどの距離だしね。

しばらくしてから、長女から2度電話があった。お風呂の使い方がわからないとか、以前持っていった荷物の場所がわからなくなったとか・・・。

そのうちに長女が泣き出した。「何だかもう寂しくなっちゃった。何でわたしが出て行かなくちゃいけないの?わたしはできれば、ママと☆ちゃん(次女)と一緒に暮らしたいのに。何だか惨めだ・・・。」

わたしは言ったんだ。「○ちゃんはもう、パパを捨てなよ。パパのことを考えないで、自分を大事にして生きて行ったほうがいい。でも、大学は行きたいでしょう?だったら、今はこうする他ないよ。」

長女には言わなかったけど、次女は「お姉ちゃんがパパの悪口を言うのを、もう聞きたくない。」と言ってるんだ。夫と長女だけでなく、長女と次女も少し距離を置いたほうが良い・・・わたしはそう感じているんだ。

そばにいて憎み続けるなら、離れた方がいいよ。「捨てる」ってのは、二度と会わないとかホントにそうするって意味じゃなく、心の中の執着を捨て去るって言うのかな?うまく言えないけど・・・。

長女も寂しいだろうけど、少しわたしからも離れて、自分でいろいろやってみるのもいいと思うよ。もう大学生になるんだし、周囲にも自立する友達も多いんだから、きっとチャンスだと思うんだ。

寝る前にメールしたけど、長女からの返事はなかった。翌朝、出かける前に「夕べのカレーの残りが食べたい。」とやってきた。

泣いた後はスッキリしたらしく、逆に楽しくなって来たんだって。「お風呂に入っても、ドライヤーかけても、文句いう人もいないし、気を使わなくてもいい。ホントにうれしかった。」だって。

わたしはその言葉を聞いて泣きそうになった。長女は生まれてからずっと、夫に「うるさい!」と言われ続けてきたようなものだ。次女がお腹にいるとき、夜泣きする長女に向かって、夫は「うるさいうるさい!お前たちなんか出て行け!」と毎晩怒鳴っていた。小さくたって、心身にその時のことは刻み付けられているはずだよ。

まだ、心は解放されないかもしれない。見えない支配は心を縛ってるかもしれないけど、とりあえず物理的にだけでも、父親と離れる事が出来た・・・良かった。とわたしは胸をなでおろしたよ。

「寂しい時もあるかもしれないけど、慣れればひとりのほうが快適になるよ。」とわたしは長女に言った。長女も「そうかもね。」と笑っていた。

次女は黙って聞いていた。この日は部活で合宿に行くので、駅まで車で送って行ったけど・・・笑顔だったのでホッとした。

わたしと次女はこの家にもう少し残るけど・・・とりあえずは、次女が高校を卒業するまであと2年・・・その時までにどうなっていることか?

「心配するなよ。自分のことは自分でわかってる。大丈夫だから。」夫は今日もそう言って出て行った。わたしが心配してると思って、安心させようとしてるのかな?

でも・・・もうダメかもしれない。そう思う。どんなにわたしが悩み、事態を修復しようと試みても、夫とわたしは見ているものが違うんだ。徒労に終わるだけなら、早めにあきらめた方がいいのかもしれない。

だからってさ・・・何も今すぐ別れることもないよ。心の中で声がする。次女はまだ父親と一緒にいたい気持ちが残ってるから、それを大事にしてあげたい。経済的な問題もある。夫に嫌な思いをさせて、今すぐ子どもたちと引き離すこともないかな?とも思う。あと少しだ・・・子どもたちはいやでも自立するしね。

わたしが、夫と仲良くしよう、家族を円満にしよう、なんて頑張るのをやめて、適当に波風立てない程度に割り切って暮らせば問題ないのかな?一応、夫には誠意を尽くしてるつもりだよ。でも、もう心を寄り添わせることは出来ない。

ホームドラマみたいには行かない。子どものころから夢見ていた、「あたたかい家庭」を目指して頑張ってきたけどさ・・・もういいかな?あと少し、形だけは残しておくよ。

でもわたしは誰のせいにもしないよ。ちょっぴり敗北感もあるけどさ・・・。

夫だけが男性じゃない。そうも思うよ。でも、わたしは男の人がいないとたぶんダメなんだ。だからって、男性に頼る人生も嫌だ。

これからどう生きていくか、わからないけどさ。うまく言えないけど・・・わたしは最後には自分の人生に勝利するんだ。それだけは信じて、今は家族一人ひとりの、それぞれの思いを出来るだけ大切にして行くよ。

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なるべく家にいること・・・かなあ?

このところ、心身ともにすっかり疲弊しちゃって、体が重いよ。

長女の一人暮らしに伴い、次女の部屋つくりもして、我が家全体を片付けようと奮闘してるから、その疲れもあるんだろう。

もともと片づけが苦手だし、子どもたちのモノも増えて、にっちもさっちも行かなくなってる状態だからね~。

「我が家に革命を起こそう!」と張り切って片付けていた次女も、少々疲れたのか、顔色が悪いよ。「出て行く!」と意気込んでる長女は、言葉のわりにはちっとも自分の物を整理せず、バイトと遊びで飛び回ってる。

「オレも手伝うよ。土曜日の午後、限定でね。」なんて言ってる夫は、まず期待できない。舌打ちしないだけ、マシかもしれないね。

まあ、数ヶ月かけて少しずつ進めるよ。今の状態じゃ、友達も呼べやしない。やっぱり、過ごしやすい空間が必要だよね。「お助け隊」とか来てくれないかなあ?

*****

夫は胸の中の思いを吐き出し、わたしと次女が一緒にいると聞いて安心したのか、すこしおとなしくなった。

穏やかな時は、社会的なこととかの話題にも明るくて話も合うし、正直で素直なところもある、優しい人なんだけどね。いつもこんなふうだったらどんなにいいだろう・・・何度思ったかわからないよ。

言いたい事をぶつけ、その後お刺身でも買ってきて、わたしがそばにいてゆっくり夕食をとり、テレビを見ながら他愛もない話をすれば、たいていおとなしくなるんだ。

わたしがなるべく家にいればいいんだろうなあ・・・そうも思ったりするんだ。カウンセラーの先生にも「もう少し家にいてあげれば?」って言われたもの。

でもさ~いろいろ忙しくて、そうできない時もあるんだ。わたしが家をあける日が続くと荒れてくる・・・それは感じるんだけど。

夫は自分でも、人とのコミュニケーションが苦手なのはわかってるんだよね。「もう努力するのはあきらめた。」と言っていた。

最近は通勤途中で、学校前の横断歩道に立つボランティアの人たちによく挨拶されるんだそうだ。それに答えるのが苦痛でしょうがない・・・オレっておかしいのか?って。

「パパはおかしくないよ。最近読んだ『暴走老人!』って本に書いてあったよ。あまりにも社会が丁寧化されて、他人に対していつも笑顔で接しないといけないような風潮になって来てる・・・それはすごくストレスになる、ってあったよ。」と話したら安心したみたいだった。

夫なりに悩んではいるんだよね。子どもたちのことも本当にカワイイのに、うまく行かない、寂しいだろう、それもわかるんだ。

わたしたちに当り散らしたり、恩に着せるような言動をしたり・・・そういうことはいけないとわかってるけど、永年の癖だし、その方が楽になれるからついやっちゃうんだろう。

反省してるそばから、長女の合格した大学がそれなりに有名だったのがうれしく、それでいて自分の出た大学と比べてちょっぴり悔しく、「オレだってもっと勉強していれば、入学できたかも・・・。」と言っていた。

いつでも自分が一番でないと嫌なんだ。正直と言えば正直で・・・根が子どもなんだね。

しょうがないね。この人を支えていかなくちゃ・・・。一応、今はわたしが奥さんなんだしね。なるべく家にいる時間を増やすように努力するよ。

昨年に引き続き、彼①の応援旅行の話が持ち上がり、計画が進み始めたけど・・・わたしは今回は留守番することにしたよ。今は我が家を大事にしないとね。彼自身も果たしてこれからどうなるかわからないし。

「ピコピーさんは今は家庭を大切にして。負けるな!くさるな!」と彼女②からメールをもらった。次の機会に娘たちと彼女②の国を訪れたい、そうも思ってるんだ。

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夫との話し合い

毎日毎日、ゴチャゴチャしてる。書きたいことはたくさんあるんだけど、振り返るヒマもなく、次の事態が起こってる・・・前後しちゃったりするけど、少しずつ記録して行こうと思うんだ。

「反省して、おめでとうってメール送ったのに、返事もないんだな。18歳になってもその程度でしかないんだ。」娘の卒業式に関しての夫の感想だ。

携帯が電池切れになってしまったこともあったけど・・・夫からの転送メールを長女はスルーした。「だったら、ママが『うん』って言ってたよ。とか返事をよこせばいいだろう?」だって・・・。

「オレが反省してるのに・・・」結局、わたしのフォローが足りなかったってことなんだね。

「子どもたちがいないところで二人で話し合おう。」って言ったら、「何を話し合おうっていうんだ?」って。しょうがないから、子どもたちが起きてくる前の時間、30分くらい夫の枕元で話をした。

夫「あんたはオレの言葉をみんな、どこかに記録してるんだ・・・そんなことじゃ、うまくやれるわけはないよ。言ったことを忘れないんなら、どうしようもないじゃないか。」・・・最初にこう言った。

わたし「言った方はスッキリして忘れてしまっても、言われた方は心に残る・・・それを年中反芻し、恨み続けるつもりはないけど、忘れることなんか出来ないよ。

あなたは以前、『お前なんか、オレが拾ってやらなかったらどうしようもなかったんだ。お前なんか何も出来ないダメな女なんだ。』そう言ったんだよ。」

「パパはわたしたちに意地悪してる・・・自分でそれがわからないの?」

何をどう話したのか・・・全部は書き切れないけどさ、夫には「99パーセントオレが悪い、としか聞こえない。」んだそうだ。

「オレだって我慢してる。ママが好きなことをやって、出かけたりすることに文句言ったことはないだろう?」「それは感謝してるよ。でも、パパだけが我慢してるわけじゃないんだ。」「お互い様だろう?」・・・いつもこうなっちゃうんだよね。

とにかく、部屋で大声出したり、物に当たるのはやめて欲しい、そう言ったんだ。「何で家でやるの?」「だって・・・外でやったら、犯罪者になるだろう?オレだって、仕事でも家でもストレスがたまるんだ。」

とにかく、夫は「夜11時過ぎには静かにして欲しい。」んだそうだ、それは了解した。・・・その約束を長女が守れるかどうか?早く出てもらうしかないのかな?

夫はメンタルヘルスを受けるように勧められているらしい。「その方がいいよ。」とわたしも言った。ただ、夫は病気じゃないんだ。人との関わりがうまく出来ない、だから外でストレスがたまり、それを家で発散するんだろう。それはもう性格だから、直しようがないと思う。それをどうコントロールして行くかがカギになるのかな?

「オレが一番苦しんでるんだ!」と夫。「また、そう言う!そうじゃないよ。みんな苦しんでる。とくに○ちゃん(下の子)が苦しんでるんだよ。」

次女はわたしたちと暮らすことを選んでくれたけど、寄りかかってはいけない・・・それも夫に言ったんだ。次女にはひとりになれる空間を作ってあげなくてはいけない。

夫にも言ったけど、仕事で大変な夫に一人暮らしをさせるわけには行かないし。だから、長女を出すんだ。わたしも次女もこの家にいるしかないんだ。他に行くところなんかないんだよ。

はあ~読んでる人も嫌になってくるよね。わたしも心身ともに疲れちゃった。

こんなに疲弊してまで、家族を維持して行く必要があるのかな?

何がいいのかなんてわからない。ただ、今の時点でベストだと思うことをやっていくしかないよ。

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卒業式なんか「関係ない。」

木曜日は長女の高校の卒業式だったんだ。

朝、玄関で靴をはいている夫に、「今日は卒業式だよ。」と言うと、「関係ないし。」との返事。

もし、長女に聞こえたらどれほど傷つくか・・・「こんなの親としての言葉じゃない、しっかりして欲しい。」心底そう思った。

「そんなこと言うもんじゃないよ!」軽く夫の背中をたたいた。夫は黙って出て行った。

ちょうど、長女の受験の頃・・・夫のしている事が「モラハラ」ではないかと気づき、入学式の時は心が激動していた。あれから3年、ただでさえ難しい年頃なのに、この父親の元でよく頑張った。大学にも合格したし・・・と、少しだけ涙ぐんでしまった。

涙の中、夫からいつ嫌なメールが来るかとドキドキしていた。夫からのメールはどんな内容であっても、あまりうれしくない。メールが届くと、「もしかしたら、また嫌なことを言って来たんじゃないか?」とまず身構えてしまう。

式が終わってから、メールが届いた。「とりあえず、おめでとうさん、と伝えておいてください。」だって。ちょっとホッとした。娘にはすぐ転送したけど、返信はなかった。

帰り際、役員のお母さんと会って、食事して帰ったんだけど・・・何だかスッキリしなかった。夜、長女に「教室に来て欲しかった。制服では最後だから一緒に写真撮りたかったのに。」と言われたんだけど・・・。

長女は携帯で写真撮りすぎて電池が切れてしまい、わたしにメールが送れなかったらしいんだ。メールが来ないから、たぶん友達と盛り上がってるんだろう。わたしが行くこともないか・・・と遠慮してしまった。何人かお母さんも教室に来たから、娘の友達もわたしを見てみたかったらしいんだ。娘に寂しい思いをさせてしまったんだと後悔したけど、後の祭りだ。

「関係ない。」との、朝の夫の一言で、すっかり気分を壊されてしまったんだね。せっかくの卒業式も全く喜びの気分に浸れず、何だか調子が狂っちゃった。そんな夫の嫌がらせなんかに負けないで、気分を変えればよかったんだけど、何だか引きずっちゃったんだよなあ・・・ちょっと残念だ。

「まあ、大学の入学式で写真撮ればいいんじゃない?」と次女。そうだね。負けないで、前に進もう。ともあれ、卒業おめでとう!!

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個食

先日の決裂以後、夫と長女はほとんど顔を合わせていない。

夫は自分の部屋で食事を取るようになってしまった。冷蔵庫からいろんなものを自分の部屋に持ち込み、勝手にお酒を飲んでいたりする。

長女が夕食時にいなくても、居間には来ない。しょうがないから、わたしが食事を運ぶ。バカみたいだけど・・・。そのうち寂しくなって、またわたしや次女と一緒に食事したくなるとは思うんだけど・・・いつまで続くことか?

でも、もういいや、そうも思う。家族4人が別々に食事を取る。「個食」それもいいじゃない?

家族がそろって食事をする、それが理想の姿だよね。

「ママの家族団らんの夢を奪っちゃってゴメンネ。」長女がそう言ったけど・・・わたしが子どもの頃、母と二人暮らしだったから、家族に人一倍あこがれていることを長女は誰よりも知っていたんだね。「いいんだよ。もう充分だよ。○ちゃんはよく頑張ってくれたもん。」そう答えたんだ。

夫が長女に手をあげた7年前、あの時、「これからは自分の部屋でご飯食べる。」と駄々をこねた夫に、「家族は一緒に食事しなくちゃ。」と説得したんだった。

あの時から7年頑張ったんだ。もういいよね。夕食時にいつ、突然夫の機嫌が悪くなるか?とドキドキすることもないし、夫の好きなテレビ番組をムリに見る必要もない。おかずが気に入らない様子を態度で示されても関係ない。

気が向けばわたしや次女はいつだって一緒に食事するよ。嫌だとか、別々にしようとか、わたしたちは一言も言ってないんだ。勝手に自分でやってることだしね。

食事は作ってるし、お給仕もしてる。それなのに・・・食事が終わったら、汚れた食器を自分の部屋の外に出し、扉を閉めてテレビを大音量でかけている。「いただきます」でもなければ、「ごちそうさま」でもない。わたしのことをお手伝いさんとでも思ってるのかなあ?

朝は大げさに洗面所でのどを鳴らしてるから、「大丈夫?」って声をかけても無視。わたしがそばを離れると、明るい声で「よいしょ!」とか言ってる。

出勤を見送っても、目もあわせず背中を向けて黙って出て行く。帰って来た時、玄関まで出迎えても、無視。

そのくせ、メールで「食事する時に使うので、座椅子を買ってきてください。」出迎えても無視なのに、「水を持って来て、ペットボトル3本ね。」

なんて嫌な男なんだろう・・・初めてそう思った。たぶん・・・「初めて」なんだよ。笑っちゃうね。こんな仕打ちを20年もされ続けて、今頃「嫌な男」だと気づいたんだ。

「ずっと我慢してきた。もう、いいでしょう?」長女の言葉は、わたしも同感だね。わたしはもう充分頑張ったもん。家族のあるべき姿じゃないかもしれないけどさ・・・「個食」で結構。何度も用意するのはちょっと手間だけど、かえって楽になったような気がするよ。

一緒に食事しないと、コミュニケーションの場が少なくなり、会話も減って、すれ違いが加速化しそうで心配だけどさ。それならそれでしょうがない。今はそう思ってる。

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こんな家・・・出て行く!(続き)

「どちらも悪かった・・・その場にいたら、誰でもそう言うと思うよ。」と次女。

「パパの言うことなんか聞き流せばいいんだよ。それを本気になって噛み付いてさ。」

次女はその場にいられず、夕方なのにベッドに行って寝てしまったらしい。それでも、「わたしがDVD観ようなんて言って借りてこなければ良かったのかな?」と自分を責めている。

「そんなの関係ないよ。何があったって、パパは爆発しようとしていたんだよ。○ちゃんは悪くない。」とわたしは言った。

次女は長女とは違い、進学しても絶対家を出る気はないそうだ。朝ひとりで起きられないだろうし、洗濯や食事のしたくも母親がやってくれるから学校へ行けるんだと思ってる。一人で暮らしたら、生活が乱れて自分がダメになってしまうんじゃないか、って。

「オネエちゃんはひとり暮らししたいんだからさ、やらせてみればいいんだよ。どんなに大変かやってみればわかるよ。どうせ帰ってくるから・・・。」

次女の冷静な意見を聞いて少し安心した。いつかは子どもたちも自立して行く・・・それはわかっているけど、もう少しそばにいて欲しかった。そう思うと寂しくてしょうがなかったけど・・・まだ、そこまで離れては行かないかな?

長女は少しでも父親から離した方がいいんだろう。ただ、長女がいなくなったら、次女に攻撃の矛先が行くんじゃないか?それだけが心配だ。昨日だって、部活動に出かける次女に、「行ってらっしゃい。早く帰ってきてね。」と部屋から夫が声をかけた。・・・また見えないプレッシャーをかけてるんだ。ゾッとした。

そのへんを次女と少し話し合った。長女が出て行ったら、二人で使っている部屋を片付け、次女だけの部屋にする。少しリフォームもして、わたしがいない時は居間でなく部屋で過ごすようにして、なるべく父親との接触を避けるようにする、って・・・。

全く、何で自分の家なのに、こんなに気を遣い、作戦立てなくちゃいけないの?長女「家って安らげる場のはずじゃない?こんな家・・・ずっと出て行きたかった。」

その「こんな家」をわたしは必死に護ってきたんだ。でも、後悔はしていないよ。ひとりずつ巣立って行って、やがてはわたしも出て行けるかな?ともあれ、長女はよく頑張ってくれた。もう、解放してあげたい。

翌日は彼②とデートの日だったから、出かけていったんだ。悲しい気持ちでいっぱいだったけど、つとめて明るく振舞って、話をした。

彼②「娘さんはとにかく、少しでもお父さんと顔を合わせないで済めば全然違うと思うよ。何も中途半端なところにアパート借りなくても、姑さんの部屋が空いてるんだからそこに寝泊りすればいいんだよ。そうすれば近いから、ピコピーちゃんも安心だし、娘さんもご飯食べに家に行ったりできるだろう?姑さんの部屋なら家賃も要らないし、ちょうどいいじゃないか?」

その言葉が不思議と納得でき、寂しさでいっぱいになっていた心が少し晴れてきたような気がした。

とりあえず一人暮らしの前段階として、姑の部屋に住んでみたら?と言う話は出たんだけど、とにかく父親から離れたい長女は、そんな近くじゃダメなんだ、と言い張っていた。かと言って、大学近辺は都会で部屋代も高いし、学生専門のところや寮は人間関係がわずらわしいから嫌だ・・・となると、家から2~3先の駅近辺かなあ?と調べていたんだけど。

わたしの友人の意見、として、長女に話してみたら、一日経って少し気持ちも落ち着いたのか、「そうだね。とりあえず、ばあちゃんの部屋に行ってみる。」とうなずいた。娘たちは新生活に向け、少しずつ部屋の片づけを始めた。わたしも手伝わなくちゃ・・・。

夫は今朝も大げさに咳き込んでため息をつき、わたしに背を向けてプイッと出勤して行った。・・・ホントは夫が姑の部屋で一人暮らししてくれればいいのに・・・いつもそう思うんだけど、たぶんムリだよね。わたしたちにへばりついていて、文句を言いたいんだ。長女がいなくなったら、今度はわたしたち二人に、別の理由をつけ何かにつけて嫌がらせを続けるだろう。

なぜだろう?夫を恨む気持ちは湧いてこないんだ。以前と比べると、少しずつ良くはなってるけど、夫が根本的に変わることは出来ないんだ。それはもう仕方がない。夫なりに子どもたちのことを思っていることも、辛さや寂しさもわかってるつもりだけど、全てを受け止めフォローしてあげることは不可能だと思うんだ。

夫は会社に行ってるから・・・管理職でストレスたまってるのに、一人暮らしで自炊なんてさすがにさせられないと思うんだ。別居してお世話しなかったら、子どもたちはともかく、わたしは生活費をもらうのは心苦しいよ。

だから、夫が定年退職するまでは一応奥さんとして支えてあげようと思ってる。その後はその時に考えよう。それまでに、家族の形がどう変わるかはわからないしね。「こんな家」にしがみつくことはないよ。少しずつ、ひとりずつ、卒業して行けばいい。そう思うんだ。

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「こんな家・・・出て行く!」

「いろいろ考えたい事があるので、今週は外で食べてくるので夕食はいりません。」と夫からメールをもらった。

長女は3月からバイトを再開して留守だったので、次女と「今週はゆっくりできるね。」と喜んでいたら・・・爪楊枝をくわえて、7時半には帰ってきた。な~んだ。

「食べてきたんだよね?」「ああ・・・食べてきた。食べて来ましたとも。」いきなり絡んできた。

自分の部屋で腰を降ろした夫、「あのさ、ママ、悪いけど・・・」「?」「早朝パートに出る時じゃなくて、帰って来たら朝刊を抜いてほしいんだ。」「・・・わかった。」

何のことはない。わたしが朝起きてからの物音が気に入らない・・・と言いたいんだね。遠まわしに良い人ぶって嫌な感じだ。わたしが早朝パートを始めて何年経ったのか?今さら何?それとも「「オレはずっと我慢していたんだ!」って言いたいのかな?

長女がバイトから帰ってきて、次女とテレビを見て談笑し始めた途端に、夫の部屋のテレビの音量が上がった。わたしも娘たちも気づいていたけど、知らん振り。これが昨日の長女との諍いについての、夫の答えなんだろう。

昨日、わたしが友人と飲み会に行った先に次女からメール、長女からは泣き声の電話。何でも、二人がDVDを見ていたら、夫が部屋に入ってきて、映画についてのウンチクを語り始めたらしい。集中できず、気分が壊れたので、長女が夫に「うるさい!」って言っちゃったらしいんだよね。

それで夫がキレ、「助けて!」と次女からメール。さすがに少し言い過ぎたと思って、夫の部屋に謝りに言った長女が、ひどいことをたくさん言われたらしく、泣き声で電話。

「お前の言葉や態度にイライラする。」「もう、大学に行く金なんか出してやらない。ひとりでどうにかしろ。」「オレは悪くない。こんなことを言わせるお前が悪い。」「オレみたいにいい親はいない。普通だったら手を出してるところを我慢してやったんだ。」とか言われたらしい。

自分の子どもに、何でそんなひどいことを言えるんだろう?悲しくて仕方がない。しかも、必ずわたしがいないときを見計らったようにやるんだ。わたしはそばにいないから、娘をすぐに助けてあげられない。

長女も言い返したらしいんだ。「仕事したくないとか、もう生きててもいい事がないとか、子どもの前で言うのはやめて欲しい。」「もっと大人になってほしい。」「大きな音を立てるのはやめて欲しい。」「お金を出したり、子どもを育てるのは親として当然のことじゃないの?それを恩に着せ、脅しに使うなんて、ばあちゃんと全く同じだよ。」

それでも・・・結局、長女が折れるような形になっちゃったらしいんだね。口じゃかなわないし、いつの間にか、娘が悪かったみたいにすりかえられてしまったらしい。罪悪感を植えつけられてしまうんだ。それでも・・・言われたことは心に刻まれて消えないよね。

せっかく友人たちと盛り上がっていたのに、どこか楽しめない。またやられちゃった。予定より早めに帰って来たよ。

長女は、とにかくもう家を出たい。って。「ずっと我慢して来た、でももういいでしょう?自分だけ逃げるみたいで悪いけど、もうパパとはいられない。一人暮らしはホントは不安だし、寂しいと思う。お金も大変だよね。でも、どんなに辛くても、パパと一緒に暮らしてる生活よりはマシだよ。」

「わたしは絶対結婚しない。男なんて・・・人間なんて、信じられないよ。」

泣きながら話す長女に、「わかったよ。いいんだよ。もうこの家を出て行ったほうが良いよ。」わたしはそう言ったんだ。

続きます。

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桜咲きました♪

ようやく長女の進路が決まって、ホッとした。今日は、入学金を振り込んできたよ。

センター利用入試は3校全滅。一般入試は6校受けたけど、3校は落ち、滑り止めの2校は合格と、補欠合格。最後の発表のこの大学に賭けていたんだよね。

通学時間も1時間ちょっと、学部も本人の希望にそこそこかなってる…大きな大学だしね。ということで、まあ良かったかな?

長女は第一志望の学校にひたすらあこがれていたので、多少は未練は残るみたいだけどね。

でも、結果的に良かったと思うよ。希望していたところに落ち、世の中の厳しさや挫折を少し味わい、それでも努力した結果でそれなりの成果は収めたし。

もともと、夫やわたしはこの大学の方が、長女のキャラにあってると思っていたし、いろんな環境を考えても、一番いいんじゃないかと言っていた。

滑り止めの学校に無駄な投資もしないで済んだし、気づいてみればわたしが願ったとおりになったように思うんだ。

夫も姑も次女も、わたしの母も夫の姉も大変喜んでくれた。「こんなにたくさんの人に心配かけていたんだね。ありがたいね。進学したら、しっかり頑張るよ。」と長女。・・・まあ、頑張ってね。たくさん遊んでもいいし、この時期でないと出来ないいろんな経験をして欲しいよ。

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妥協

「自分の言い分ばかり通そうとしてもダメだよ。妥協も必要だよ。」わたしの話を聞いて、彼②はこう言った。

その時は返事しなかったんだけどさ。②の言葉はわたしの心にしみた。ちょっぴり悲しい気持ちになった。

あとで言ったんだ。「あなたの言葉は心にしみたよ。わたしも悪いところがあるんだ。わかってる、わかってるんだ。だけどさ・・・時々、やりきれなくなっちゃうんだよ。」

「折れることもないし、自分を犠牲にすることもない・・・だから『妥協』って言ってるんだよ。」

「そのために、たまにはガス抜きしてさ。・・・孤島に住んでるわけじゃない。いろんな人と一緒に生きてるんだから。・・・お金を残してくれる親なんて、そんなにいるもんじゃないんだよ。」

わたしは何て答えたっけ?ともかく、少し自分も反省して、義母には優しくしてなるべく仲良くして行かないといけないな、そう思ったんだ。

不思議だね。夫も、先日義母に電話で同じようなことを言って諭していた。「自分のことばかり主張しないで、ピコピーの言うことを聞くようにしなよ。」って。わたしも同様なんだね。

②の言葉は不思議に素直に聞く事ができたんだ。ちょっぴり自分が恥ずかしくなった。と同時に、こんなふうにわたしに言ってくれる②がそばにいてホントに良かったと感謝した。

この日は彼女①のことでもすごく腹が立っていたんだ。

①は精神的に不安定なのかもしれないね。彼①も彼女②のところへ行くことだし。一緒にいるのは疲れたけど、②のところへ行ってしまうのは寂しいし、嫉妬もあるだろう。

その気持ちを紛らわし現実から逃避するために、彼のファンとしての自分の思いに浸ろうとしてるのかな?掲示板に出没してきたので、わずらわしくてイライラした。

彼の奥さんのつもりでいるんだろうから、もうそれでいいじゃない?何で、わたしの領域にまで踏み込んでくるの?自分の辛さは自分で解決して欲しいよ。わたしの前に姿を見せないで欲しい。

わたしがこの一年近く、どんな思いで二人の生活を受け入れ、自分の気持ちを立て直してきたか・・・①にはわからないんだね。どこかでわたしが許して受け入れてくれると思ってるんだろう。

①にメールしてもう一度絶交宣言したいけどさ、彼の生殺与奪を握ってるし、万一彼がまた体調を崩した時に連絡くれないと困るから・・・。まあ、ほっといても自滅するんだろうから、追い詰めることもないと思うんだけど、大きな気持ちでほったらかしておくなんて出来ず、腹が立つんだよ。

彼①には気持ちをぶつけてやろうと思っていたけどさ、彼②と一緒にいたら、もうどうでも良くなった。相手にするだけバカらしいよ。

その夜は夫とも長女の進路について相談。こういうときは頼りになるんだよね。次女の誕生日だったので、ケーキと手巻き寿司で夕食。この日は夫も上機嫌で一安心。

すこしホッとしてPCを開いたら・・・彼女⑥からメールが来ていたよ。1週間も音沙汰なかったのに。

なにやら上から目線の内容で、勝手に自分の中で完結したのかな?「これからも友人でいてください。」だって・・・もうやだ~~!!

また「妥協」しないといけないのかい?

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うれしいプレゼント・・・夫

present彼からプレゼントをもらった同じ日の晩、不思議にも夫からもプレゼントをもらったんだ。

義母が夫名義でためてくれてるへそくりの件・・・最近いろいろうるさくなってるから、書き換えやら何やらわずらわしいんだ。そのことで夜電話していたら、義母がわたしの口の聞き方が気に食わない、と怒り出しちゃった。

夫を電話に出せ!ってスゴイ剣幕。「ゴメンネ、パパ。わたしがばあちゃんを怒らせちゃった。」と謝って、電話に出てもらった。

夫がキレるんじゃないかと、ドキドキしてそばで聞いていたら・・・「ピコピーはいろいろ考えてよくやってくれているんだから、ばあちゃんは言うこと聞かなくちゃダメだよ。いつもいつも自分のことばかり主張して、何かあると年だからって逃げるから、そんなことじゃみんなに嫌われるよ。」と穏やかに諭してる。

電話を切った後も、「悪いな。オレがもっとばあさんのフォローすればいいんだけどさ・・・いつもいつも愚痴ばかりだからオレも嫌になっちゃってさ。」だって。

夫がキレるんじゃないかと、隣の部屋でハラハラしながら様子を伺っていた娘たち・・・「大丈夫?ママ?全く・・・あのババア。」「パパがかばってくれたよ。」「ホント?」「ママ、良かったね。パパからプレゼントもらったね。」

娘たちにいたわってもらえて、夫にもかばってもらったから、ホッとしたけどさ・・・どこかやり切れない思いがして涙がこぼれそうになって、ジッと耐えた。誰も悪くないんだよね。義母の寂しさも良くわかるんだ。だけどさ・・・血がつながってないから?分かり合えないのはどうしようもないよ。

ともあれ、わたしもいい過ぎたし、電話じゃなくて顔を見て話さないことには、これから先も気まずくなるから、翌日義母の家へ行った。もともと、用事があっていく予定だったんだけど、義母がまた自分の都合で「来なくていい」と突然言い出し、そこからスッタモンダが始まったんだよね。

義母は言いたい事言ってスッキリしたみたいで、元気だった。お互いに謝ったけど、わたしはまだスッキリしないって、正直に言ったよ。

義母は言いたい事をぶつければそれで気が済むだろうけど、わたしは娘じゃなくて嫁なんだ。血がつながってない他人なんだ。だから、人一倍、心も使わなくちゃ、お互いが良い気持ちで付き合っていくことは出来ないと思ってる。

この「他人」って言葉が義母の勘に触っちゃったみたいだけどね。でも、わたしは彼①や②と会ってることだけでも、夫を裏切ってるんだ。もしいつか、その事が原因で追い出されても、それは仕方がない、といつでも覚悟は決めてるんだ。

わたしが家にいるうちは、夫にも義母にも誠意は尽くすけど・・・先のことはわからない。そんな気持ちを義母は何となく察するんだろうね。自分が見捨てられるんじゃないか、と不安になるんだろう。だから、事あるごとに「あんたはわたしの面倒見てくれるの?見ない気なんじゃないの?」となる。

夫は言った覚えがないらしいんだけど、義母は夫の電話の様子で、夫が自分を見捨てていないと安心したらしいんだね。わたしも、心から・・・じゃないけどさ、義母が安心するならと、「ちゃんとお義母さんの面倒は見ますよ。それが当たり前で自然のことなんだから。いちいち、確認しなくても大丈夫だから。」と言っておいた。

約束なんか出来ないよ。夫もそう言っていた。でも、わたしは夫に言ったんだ。「先のことはわからないし、その時に考えればいいんだよ。お義母さんが安心するんだから、その場だけでも面倒は見るって言っておけばいいんだよ。」ウソついてるわけじゃないしね。それも智恵・・・だと思うんだ。それで、みんなの心が平穏になればいいじゃない?

ともあれ、義母はすっかり機嫌が直り、へそくりの通帳を「好きに使えばいい。」と出してきた。自分が80歳になったら、息子に渡すつもりでいたんだって。これで、長女の進学にも役立てて欲しいって。moneybag

書き換えの手続きのために銀行に行くのに付き添うつもりで行っただけだったから、ちょっと驚いたけどさ・・・義母の気持ちはありがたく受け取ることにして、通帳を受け取って帰って来た。

たぶん、当分そのお金に手をつけることはないと思うんだ。それはお金があるに越したことはないけどさ・・・それだけじゃないよね。

ともあれ、夫がわたしをいたわってくれた事がお金より何よりもうれしかったし、義母がわたしを頼りにしてくれていることも考えようによっては悪くないのかもしれない。

この親子に良いように利用されてる?な~んてうがった見方をすることもないか。一応、正直な人たちではあるんだよね。感情をぶつけてくるのも、自分勝手な言い分も、時には優しい気持ちを見せるのも、みんなウソじゃないんだ。

何よりもわたしを心配してくれる娘たちの存在があり、わたしを理解して受け止めてくれる彼①と②もいるんだ・・・つい先日は苦しくてひとりで泣いていたわたしだけど・・・意外にわたしは幸せなのかな?帰りのバスの中でそう思った。

ともあれ、みんなに笑顔でいて欲しい。それだけはいつも願ってる。そのためにはわたしはどんな苦労もいとわないよ。ただ、もう自分を犠牲にすることはしない。思うとおりに生きるんだ。crown

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次女バイト終了。

次女はこの冬休みにアルバイトに初挑戦。バイト先は地味に郵便局(今は郵便会社っていうのかな?)で年賀状の仕分け。

中学の時の友達と二人で申し込んで、部活動の予定を前もって調べ、部活のない日にバイトを入れたので、正味5日間、午後2時から7時まで。時給750円と安いけど、2万くらいにはなるらしい。「バイト代入ったら、少しだけどみんなにも何か買ってあげるね。」なんて言ってくれるのがいじらしいね。

仕事はわりに楽だったみたい。年賀状が思ったより少なかったみたいで、年末は残業もあったけど、年始はやることがなくて、別な作業とかしたんだって。

ともあれ、お疲れ様。次女には良い勉強になったみたい。ホントはもっとお金を稼いで、好きなものをたくさん買いたいらしいけど、部活があるから長い休み中以外はムリかもね。まあ、高校生のうちに部活はやっておいた方がいいしね。

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「グレイ」にしておこう!

年末は一人暮らしの彼②のところへ行って、少しだけお正月の支度を手伝った。彼①と彼女①が二人でお正月を過ごすと思うと少しだけ腹が立ったけど、その分②の役に立って何となく気が済んだ。

3日から次女がバイトだったし、長女も受験勉強でピリピリしてるので、2日に義母を送って行った。

暮れから一緒にいた4日間、ずっとあっちが痛い、こっちが痛い、具合が悪い、生きていたって何もいいことがない、いつまで生きられるかわからないし・・・etc.毎日毎日、一日中こんな調子でホントに嫌になる。

そのくせ、やれることは自分でやると言い張り、やった後に「あ~痛い、あ~大変だ。」って・・・「そんなこと言うんなら、やらなくていいから!」って、何度も怒鳴っちゃったよ。

帰りの車の中での会話。「本当は今回は○○(夫の名)に、わたしを本当に面倒見てくれるのかと、確かめようと思っていたんだよ。まあ、正月からそんな話もどうかと思って、今回はやめたけど。」

・・・義母の不安はわかる。心でどう思っていようとも、その場だけでも演技で「お義母さんの面倒は見るに決まってるでしょう?いつでもこちらに来ていいんだよ。」と言っておけば安心するんだろう。

後でそう思ったけど・・・根が正直者なんで、とっさにうまく言葉が出なかった。夫はちゃんと義母のことを考えているから。ただ、病気もしたし、子どもたちをしっかり育てないといけないとプレッシャーになってる。会社でも課長になって、仕事も大変で、いっぱいいっぱいなんだ。そんなことを話した。

こちらに来ても、生活リズムも違うし、義母はずっと独りぼっちになってしまう。だから、少しでも長く田舎で一人で暮らしていた方がいいよ。親戚も友達もいるんだし。・・・なんてね。

「それはわかってるよ。わたしだって向こうにいつまでもいたいし、子どもたちに迷惑はかけたくない。でもさ、動けなくなったらその時は・・・。」・・・「その時」を約束して安心しておきたいんだね。でも「その時」が来たら、どうしよう?

夫には「親を見捨てた」と言う気持ちを持たせたくない。たぶん、わたしも同様だ。でも、現在のところ、夫は義母がそばに来たらオレは死んでしまう、いつか義母が死んでも絶対に泣かない、とまで言ってるんだ。

施設入所なんて、義母にも義姉にも考えられないだろうね。わたしもちょっとかわいそうな気もするんだ。だからって、そばにいられるか?毎日毎日、義母のおしゃべりと愚痴に付き合えるか?・・・全く自信がない。

送って行ったときも、住んでいる市に差し掛かったら、突然「何だか熱っぽいような気がする。もしかしたら、帰っても一人じゃいられないかも・・・また連れて帰ってもらわなくちゃいけないかも?」って言い出すし。

結局熱はなかったので、わたしたちは義母を置いて、わたしの母の家に向かった。母は変わりなかったけど、糖尿病の持病があり、血糖値が高いんだそうだ。毎月様子を見てるけど、いずれはインシュリンを打たなくてはいけないので、不安な様子だった。それでも、義母のような騒ぎはない。

ようやく義母の姿を見ないで済んでホッとする反面、何だかかわいそうな気持ちにもなる。長女に「ママ、もうばあちゃんのことを考えるのはやめなよ。ここにいないのに、いつまで支配されてるの?自分を気にかけて欲しい、と言ういつもの手なんだよ。だまされちゃダメだ。」と言われた。

だまされてる・・・ってのはどうかと思うけど・・・そうだね、いつまでも逃げてもいられないけれど、今は白黒つけずに「グレイ」にしておこう。考えてもしょうがないし、その時はその時だ。

はあ~それにしても・・・本人も言ってたけどさ、義母は幸せな人だと思うよ。これだけ好き勝手に振舞えるんだからさ。

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メリクリ♪

巷はクリスマスで大賑わいだね。

でも、わたしはいまいちだよ~。風邪気味な上、正月には姑がやってくる。考えただけで、胸が苦しくなってくるよ、ダメだねえ。

このところひざに水がたまるようになり、正座はやめるようにお医者さんに言われたそうだ。先日電話したら、「暮れに大掃除に来て欲しい。体中が痛くて何もできないんだ。」って言うから、その時に「住宅改造などでも補助があるから、この機会に早めに介護保険の認定を受けておくといいんじゃない?」とわたしが言ったんだ。

それが癇に障ったんだろうね。電話を切って10分ほど経ってからまた電話。「もう掃除には来なくていい。わたし一人で全部やるよ。『介護保険』なんて話題出されたら、いっぺんに気持ちが沈んじゃった。」と怒ってる。

はあ~~受け入れるのには時間がかかると思ってたけどさ、いきなりこれだ。わたしが悪いの?

「ひとりで頑張ろう、負けない、って気持ちは大事だし、それがなくちゃダメだとは思います。そのうえで、受けられるサービスは利用した方がいいと思う。わたしは意地悪で言ってるんじゃないんだよ。」とは言ったけどね・・・。

「行かなくていいならそれでもいいよ。」と答え電話を切ると、また10分後に電話。「友達に話したらさ、頑張りすぎることはない、若い人の言うことも聞きなよって言われたから。やっぱり来てよ。」だって。

いつものこと、いつものことだけどさ・・・。

翌日は義姉から電話。夫の快気祝が届いたとのお知らせだけど・・・。

「弟は何を考えてるの?もう来年80歳なんだから、もう引き取ることを考えてあげて欲しい。ひとりにしておくなんてかわいそう。みんなそうしてるでしょう?わたしもそれを望んでるし。」

そばに引き取ってその後どうするの?親しい人とも離れ、昼も夜も一人ぼっちになって、夫や子どもたちとは話が合わず、ワガママ放題でますます具合が悪くなるだろう・・・そんな姑に振り回されるなんて、わたしは絶対嫌だよ。

な~んてそんなことストレートに言えるわけないし。さりげなく・・・田舎を離れて子どものそばに来たお年寄りが寂しがってることを話して、出来るだけ元気なうちは田舎でひとりで頑張った方が良い、そのためにいろいろ介護保険でサポートしたらいいと考えてる、と話した。

「自分はできる限りのことはするから・・・」なんて、心にあるんだかないんだかわからないことを話していたら、ドッと疲れちゃった。

義姉は長男である夫が義母を引き取って、最期まで面倒を見るのは当然だと思っているだろう。でも・・・夫の心の傷を思うと、それはムリかなあ?とわたしは感じるんだ。

自分のこと、仕事をして娘たちを育て大学まで出す、そのことだけでいっぱいいっぱいなんだ。その上、姑も・・・みんなやってることかもしれないけど、夫のキャパにはもう入らない。

義母とは距離を置く・・・それがいちばん平和なんだよね。ホントは顔も見たくないし、声も聞きたくない。ブログにしか書けないけど、これがきっとわたしの本音なんだと思う。

「受験生がいるんだから、母は今度の正月はうちに来てもらっても良かったのに・・・。」と義姉。・・・わたしだってそうして欲しかったよ。

姑のことを考えただけでドンヨリしちゃう・・・もういいや。考えるのはよそう。先のことも考えない。とりあえず、この正月を乗り切ることだけを目指そう。

今までは何か辛いことがあると、彼①を思うと慰められたんだけどね。昨日、電話したら、寝たり起きたりで外にも出られず退屈してるみたいだった。

今度の消化器科では、睡眠薬を処方してくれないんだそうだ。たぶん、腸の動きが鈍くなってしまうからじゃないか、って彼が言ってた。眠れないのは辛いだろうけど、肺の手術後の、人が変わったようなボ~っとしたところはなくなり、以前の明晰な彼が戻って来たように感じる。

「様子が知りたいから、また時々、声を聞くのに電話するね。」「わかった。ああ・・・そうだ。メリークリスマス。」だって・・・こんな彼が、やっぱり好きなんだよね。

生きていくのって大変。でもそんな中で、クリスマスの喧騒は何となく温かい気持ちを与えてくれるひと時だね。お祭りってそういうものかも?

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ようやく出勤

夫が今日からようやく出勤。ホッとした反面、ちょっと寂しいような気も・・・?

一昨日、経過の診察に行ったけど、どうもあまり良くないらしい。何でも、お尻の穴が小さくなっちゃった?らしく、このままの状態が長く続くと再手術、と言うことも考えられるんだって。

本来はバナナ状の便を毎日出すことが望ましいらしんだけど、夫は便秘はしたことないけど、もともと軟便気味だし。

命に及んだ大手術をした彼と比べれば大したことない、と思っていたけど・・・。夫もだいぶ悪化させてレベル4まで行っちゃったし、体にメスが入ってるんだから、やっぱり簡単には良くならないんだね。

しょげている夫を見たら、何だかかわいそうになった。再手術は彼だけでたくさんだよね。これ以上、痛い思いをさせるのも気の毒だ。

「まだ、再手術っていわれたわけじゃないし・・・きっと、少しずつ良くなるよ。元気出して!」な~んて励ましたり。

家にいると気持ちも病人になっちゃうからね。不安はあるだろうけど、そろそろ出て行ったほうがいいと思うよ。

それにしても・・・わたしが買ってきた円座クッションも家において行き、下着を重ねるとか温かくして行けば?とのアドバイスも聞かず、今まで通りパンツ1枚にズボンで出かけて行った。もう、どうなったって知らないよ~~。

義母にも電話で報告したけど・・・このところ急に足腰が弱って、ひざが曲がらなくなって来て、先日お風呂で立ち上がれなくなったとか、自分のことでいっぱいだ。

義姉が心配して、数日そっちで過ごしてきたらしいけど・・・。

もう椅子・洋式便座・ベッドの生活にしないと無理だね~と言う話になった。先日、シャワーチェアーを見に行ったら、、お店の人に「介護保険で申請すれば1割負担で済みますよ。」と言われたことを話す。

「これから先、1階のトイレを洋式にしたり、ベッドを借りたり、家も少し直さないといけないね。」と話すと、「家を直すのに金なんかかけたくないよ。介護も受けたくない。他人に家に入られるのなんか嫌だ。」とのこと。

「お金は介護保険で補助が受けられるんだよ。」と話す。全く・・・お金は持ってるのにさ~~。わたしが仕事の現場でたくさん見てきてるから、「やせ我慢しないで、暮らしやすいようにいろいろ考えて行こうよ。」と言っておいた。

はあ~少しずつ現実味が出て来たね。義母を説得し、介護保険の申請とか少しずつ進めて行かないといけないかもね。既にいろんな人から「要支援」になるからサービスを受ければ?と勧められているのに、ずっと拒んでいるんだよね。気持ちはわからないでもないけどね。

ひとりで暮らすのが難しくなったら、わたしたちの方に来て世話になろう・・・と言う腹づもりなんだろうけど・・・絶対に嫌だよ~~。

わたしが所属してる事業所の人たちもいつも言ってるよ。仕事柄そうなんだろうけど・・・「お義母さんは地元で他人に看てもらい、ピコピーさんはこちらで働いてお金を送ればいいのよ。」

お金は義母はたくさん持ってるんだから、わたしは自分で使うけどさ・・・離れてる方が平和。それだけはわかるよ。

電話で10分ほど話しただけでも、ドッと疲れちゃったもん。年賀状の印刷も毎年やってあげるんだけどさ、「わたしの名前は小さくしてね。去年のは大き過ぎたから。」って5回くらい言われた。じゃあ、もうやらないよ!バカ!って言いたい。「20枚で1000円だよね?」ってしっかりしてる、ホントにケチ!

長女は義母のことを「魔王」って言ったけど・・・やっぱりモンスターだよ。ひとりで数分のうちに、わたしたち4人の心をズタズタにする。大げさじゃないよ、ホントにそんな感じなんだ。すごいエネルギーだよ。

長女「ばあちゃんが自分の親だったら、わたしは生きていないかも?若い頃はもっとすごかったんだろうね。パパはかわいそうだ。よく頑張ってきたね。」だって・・・そこまで言うか?

今年は長女が受験でピリピリしてるから・・・と言ってるのに、お正月はこっちに来たいって。暮れは掃除に来てくれるんでしょう?って・・・。「パパや娘たちと相談します。」って言っておいたけど。

夫に相談したけど、無言。長女は「ばあちゃんが来るのかあ・・・。」と、「ばあちゃん」と聞いただけで心が重くなっちゃったって。次女も無言。こちらは夫とは少し違う「無言」なんだよね。暮れはわたしと一緒に掃除に行くって。

彼②はわたしと付き合いが浅いから、わたしのことを「自由で気楽な嫁さん」だと思っていたらしい。

「とんでもないよ!ここまで来るのにどれだけ苦労したか!わたしは努力して、必死でいろんなことを勝ち取ってきたんだよ。」と言ったけどね。

もう、家族のために全てを尽くし耐え抜くなんてたくさんだよ。わたしは自分のために生きるよ。だからって自分勝手ばかりはしてないつもりだよ。出来ることはするし、周囲の人たちが元気になるように心は配るけど、無理はしないよ。

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一応謝った。

今朝は、夫に長女のことを少々報告。

「全くあいつはワガママで、オレのいうことなんか聞きゃしない。まあ、そういうふうに育てちゃったんだからしょうがないけどな。」・・・やっぱり来たか。わたしが悪いのね。

昨日の事も謝った。「PC触らないでなんて、きつく言ってゴメンネ。別にパパが中を見るような人じゃないのはわかってるんだけど、何だか嫌だったんだ。」正直に手短に言った。

「・・・普通のダンナならぶち切れてるな。」・・・そうなんだ。「ゴメンネ。たぶん、わたしってワガママなんだろうね。だから、○ちゃんもわがままに育てちゃったんだろうね。」そう言っておけばいいか、そう思った。

夏休み中も全く一緒に行動しなかったことも「ゴメン。悪かったかな?」と言ったら、「焼肉に行ったじゃないか?」だって。そうだよね~その程度で充分だよね。

「オレは何をやっても文句ばかり言われるから、もう何も言う気もなくなったよ。何もできなくなっちゃったんだ。」「・・・」

結局、夫は被害者かあ・・・。好き勝手なことばかりやってる妻のことをひたすら我慢する忍従の夫(自画像)なんだね。わたしが悩み訴えたいろんなことも、「うるさいから」我慢して、言われないようにしていただけなんだ。

言うだけ言ったら気が済んだのか、夫はその後は笑顔で話題を変えた。まあ、引きずらないのは夫のいいところでもある。今までのことを全く反省してないわけじゃないだろうし、わたしや長女のことはもうあきらめて容認してるんだろうけど・・・。

次女の名を呼び、家の中を探すのも復活してきたけど、次女は忙しくてほとんど家にいない。夫をうまくかわしてるので、ちょっとホッとしてる。

次女は高校に入ってから、ほとんどの時間を友達と過ごしてる。自称「うさぎ」で、誰かと一緒にいたいんだそうだ。長女と違って人付き合いもうまいし、女性特有のドロドロとはわりと無縁なので、安心している。今のところ、彼もいないらしい。男性はあまり好きじゃないみたいだ。

今週辺りからいろいろまた忙しくなってきた。昨日の夕食時、モズクを出したら「オクラがあっただろ?」と夫が言うので、「ゴメン、もう出なくちゃいけないから、ゆでてる時間がない!」とはねつけてしまった。

それで悪かったかなと思って、今晩オクラを出した。「何これ?どうすればいいいの?」「いやモズクは昨日出したからさ。何に混ぜるかパパに聞いてからにしようかと思って・・・。」「・・・もっと細かく刻まないと食えないよ。」「えっ?そうなの?いつもこのくらいの大きさで切ってるじゃない?」「・・・納豆に混ぜるか。」「そうすれば?」夫はオクラを箸でつついていた。

その後、用事があってまた外出した。わかっていたことで「別にいいよ。」と言っていたのに、出る時に「行ってくるね。」と言ったけど、夫からの返事はなかった。

帰って来たら、オクラはそのままテーブルにおいてあった。結局手をつけたけど、食べなかったんだね。夫が言った時に、すぐさま細かく刻み直すべきだったのかな?それとも、昨晩言われた時点で急いでゆでて出すべきだったのか?わたしは夫の小さな要望にも答えられない、気の利かない妻なのかな?

モラハラともいえないような、小さなモラハラ。単なるすれ違いなだけなの?こんなちいさなことがずっと続いて積み重なって、だんだん夫婦の間はダメになっていくのかな?それとも、「こんなもんか」とお互いに勝手にして、やり過ごして行けばいいのかな?

不思議だね。わたしが彼のことで壊れそうなくらい不安定になっていた時は、家族は不思議なくらい落ち着いていた。それぞれが穏やかだった。それが、わたしが回復してきたとたんに、ムクムクと動き出した。

いつものみんな?に戻ってきた。夫のモラハラも長女のワガママも復活した。以前よりはマシになってる気はするんだけどね。

また家族の中もガタガタしてきて、心が休まらず、「わたしが頑張らないと」となってきちゃった。きっと無意識ながらに感じるモノがあるんだね。・・・これでいいのかな?

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「歩み寄り」

来週辺りからまた忙しくなるから、このブログの怒涛の更新も少しおとなしくなると思うんだけど・・・今はもう少し、自分を見つめて書き綴りたいんだ。

夕べから今朝にかけては、長女に振り回された。予備校の友達に嫌な思いをさせられたとかって、家に帰って来てぶちまけてる。聞いてあげるしかないなあと接していたら、いつの間にか矛先がわたしに来た。

夫のモラハラ再開にいち早く反応し、先日も家族で食事に行くのを拒否したのは、ほかならぬ長女じゃないか?長女がいないと気を使わなくて済むから、ホッとするなあ、と正直言って思っていた。

夫が怒るのは、たいてい長女のワガママな振る舞いだ。お盆に夫の実家に行った時、姑も「孫だからみんな可愛いけど、長女には気を使う」って言ってた。本人も自覚してるけど、気難しくてワガママな面がある。

それなのに、自分のことは棚に上げてわたしを批判し、「まあいいや、わたしは大学に合格したら、どっちみちこの家を出て行くんだから。」と来た。

勝手に出て行けばいいや、だらしなくて何もできないくせに・・・と思った。一人暮らししたほうが現実がわかって、かえって本人のためかもしれない、とも。ただ、いったん出てしまうと、帰ってきてもこの子の居場所がなくなるんじゃないか?そんな怖れも感じた。

夫は一人暮らしには反対だけど、今は長女を刺激しないようにして、試験が終わって具体的に学校を決める時に話し合えばいいよ・・・と、何も言わないように釘を刺しておいた。

姑は、もし長女が下宿するのにお金が足りないなら出してあげるよ、と言ってくれた。・・・全く、恵まれているよね。

夫とのことも長女が指摘するように、わたしにも反省しなくてはいけない点がある。いろいろ悩んで試行錯誤中だけど、それは長女に話しても、かえってどんどん長女なりの考えで曲解してしまいそうだから・・・いずれわかる時が来るだろうから、今は親を批判して反発していてもしょうがないか、いろんなことを言わない方がいいかな?と思い、言葉を選んでいた。

その後、そろそろ寝ようかとしていた夜中の1時ころになって、突然長女がパニックになった。何でも、授業を録音してるボイスレコーダーとICカードを落としてしまったらしい、と言うんだ。カバンからミュージックプレイヤーを出した時に落としたんじゃないかって。

以前も、自転車で帰ってくる途中で電子辞書を失くした。ボイスレコーダーも学生にしては高価だけど、勉強のためにどうしても欲しいって言うから、夫が「甘やかし過ぎだ」って無言で冷ややかな目で見ていたけど、スルーして買ってあげたんだ。カード払いだから、まだ支払いも済んでないのに。

わざとじゃなのはわかってるけど・・・だらしがなさ過ぎる。たぶん、友達とのゴタゴタで気持ちも動転していたんだろうけどね。パニックって大騒ぎした末に、明朝早くに探したいから予備校まで車で連れて行って・・・だって。

結局、朝5時前に起きて早朝パートを済ませた後に、車で乗せていって探したけど、見つからない。後は、交番に届けるなり、予備校でも聞いてみるなり、自分でやりなよ、って突き放した。

ホントに腹が立つ・・・「わたしは結婚しない。ママたちを見ているとする気になれない。」とか言ってたけど、長女みたいにワガママじゃ、相手も気の毒だろう。そう思ったりする。・・・育てた親の責任かなあ?

彼が彼女との生活を「闘いの日々」と言ってたけど・・・家族の生活もある意味闘いだね。家だからホッとはできる。でも、それなりのルールもあるし、相手を思いやらないと成り立たない。

わたしは母と二人だけの生活が長かったから、夫婦のあり方にもモデルがないし、自由で一人っ子状態だったからきっとわたし自身もワガママなのかもしれない。だから、4人家族での暮らしの方が長くなりつつある今でも、試行錯誤でやってるんだ。

彼が彼女①と暮らすと聞いた時、「他人と暮らすって大変なんだよ。あなたにできるの?」なんて言っちゃったけど・・・こないだの彼の様子だと、歩み寄ろうとはしてるんだろうけど、いろいろぶつかってるんだなあ、そう感じた。

我が家も夫が「間借り人」かもしれない、と彼に言ったけど。食事以外はほとんど夫は自分の部屋にいる。今の部屋に越してきて、夫の部屋ができてから11年、ずっとこんな調子だ。子どもも大きくなり、休日も一緒に出かけたり、何か一緒にして過ごすこともほとんどなくなった。

いつも、わたしと夫は別行動だ。それでも生活を共にしてるから、食事の時や顔を合わせたとき、何かあるときは夫の部屋に行ったりして会話する。そのくらいで充分用が足りるし、そのくらいのドライな感じでちょうどいい。もっと冷たい、すれ違い夫婦もたくさんいると思うんだけど・・・どうなのかなあ?

彼は「オレは自分のペースは変えない。」と言っていたけど、たぶん我が家みたいな感じなのかなあ?と勝手に想像していた。実際のところはわからないけど、そう思うと何となく納得できた。

わたしにとっても、夫と暮らすことは「歩み寄り」でもあるんだよね。少しでも愛情があるから、どうにか暮らしていけるんだと思う。今はこのくらいでいいかな?そうも思っていた。

だから、彼が彼女①と暮らすことも。わたしの感覚では「歩み寄り」であり、「少しは愛情があるから一緒に暮らせる」と言う感じになっちゃう。だから、嫉妬して苦しかったんだ。

以前、わたしが夫との関係に悩んでいた時、ほかならぬ彼が「一緒に暮らせるうちは大丈夫さ。嫌になったら、もう一緒に暮らすことも顔を見ることも出来なくなるよ。」と言っていたしね。

家族のことで悩んでいた時、彼と時々会うだけで、何も言わなくても元気をもらえた。どんなに家の中がもめていても、次に彼に会う日を考えれば、また頑張ろうと思えた。

これからもそうなって行くのかな?我が家のことは自分たちで解決していくしかない。何かあっても、それは彼のせいではない、わたし自身の問題だ。でも、彼を思う心は自分の中で大切に保ち続けたい。「逃げ」なんかじゃない・・・いつも、そう思って頑張ってきた。

たぶん、彼も彼女①との生活はうまく行かないことも多くて大変かもしれないなあ。そうも思う。

二人で暮らしている事実は今だって嫌だし、許せない。でも、それはもう心の中に留めて置くよ。

もう嫉妬したり、彼女を批判したり、彼を責めたりはしないつもりだけど・・・わたしが彼に元気をもらったように、会うことで少しでもホッとできる存在でいられたら・・・そうなれたらうれしいな。

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父への気持ち~あきらめること。

カウンセリングの翌日も朝から涙でスタート。どうなるかと思ったけど、意外~に大丈夫だった。

父への葛藤は死別と言う形でしか解決しないって、先生には言われたけどさ。わたしはそうは思わない。たとえ父がなくなっても、わたし自身が死ぬまでこの気持ちは続くと思う。小さい頃から抱えていた「わたしはお父さんのいない子なんだ」と言う思い。これは墓場まで持って行くしかないなと思う。

長い間そんな気持ちを抱えてきたから、昨日は爆発しちゃったけど、今日はもう、いつものように抑えるようになっちゃったのかもしれない。もう生きる知恵でさ、あきらめること、我慢すること、多くを期待しないこと・・・父に関してはそんなのが身についちゃってるんだよね。

彼にも何回か言ったけどさ、父にとってわたしは「いらない子」なんだ、って、いつもそんなふうに思って、自分を慰めてきた。いてもいなくてもいいんだから、せめて心配はかけない。父は5人子どもがいるから、自然と気にかかる子とそうでない子が出来てしまうのはしょうがない。

わたしは離れて暮らしていたし、母がいたしね。継母と暮らした姉たちの方が大変だっただろう。

でもさ、事あるごとに「あんたは姉さんたちと違って幸せ」とか姑に言われる覚えはないよね。これだけはいつも腹が立つ。

夫も今でこそ穏やかになったけど、結婚当初訪ねてきた父をさりげなく邪険にしたり、出張帰りに夫の実家に寄った父を非常識だと義父母と一緒にののしったり・・・あげくの果ては「ここはオレのうちだ。お母さんはいいけど、お父さんには来て欲しくない。」って・・・。あの時悲しかったなあ。その後、母のことも邪魔者にして、酒を飲んでは「お前の親なんか大嫌いだ。」って攻撃されたっけ。

あれ??いつの間にか夫のモラハラ回想録になっちゃった。・・・本題に戻さなくちゃね。

まあとにかく、「これからはオレがいるからな。」どころじゃない日々だったわけ。結婚したら、もうそれまでの家族の葛藤から逃れられるかと思っていたけど、そうじゃなかったよ。

これはもう自分が抱えてきたものだから、しょうがないよね。それは、同じような思いをしてきた人にはよくわかると思う。そんな気持ちも知らないでさ、「誰だって大変な思いをしてきてる。家庭が複雑で苦労してきたって、ちゃんと生きてる人はたくさんいる。そんなの理由にならない。」って言った友人がいたね。経験してない人に限ってそういうこと言うんだよね。

夫も「お前は家庭で苦労してるから、もっと出来た人間かと思ってたのに・・・。」とかよく攻撃してきたね。ああ~~思い出すのはこんなことばかり。今さらもういいけどね。

まあ、とにかく父に関しては長いこと抱えてきたので、抑える癖がついちゃってるんだよね。どこかで、正面から見つめるのは回避しようとしている自分を感じる。

それでも、わたしが心の底では父を許せず、怒りを抱いていることがわかったので、少し驚いているよ。わたしは今まで父のことを恨んだことは一度もなかった。小さい頃はただただ恋しかった。父がくれた小さな人形を宝物にしていた。

母がわたしを妊娠中に父が浮気し、わたしが5歳の時両親は協議離婚した。すぐにその相手と再婚し、姉たちは父に引き取られていった。翌年上の弟が生まれた。全て後から聞かされたことで、わたしは中学生になるくらいまで、「いつか家族で一緒に暮らせますように」って、いつも願っていた。

子ども時代は寂しかったね。でも「寂しい」と口に出すことも出来なかった。思ってはいけないと、寂しさを心に封じ込めて生きてきた。

「寂しい」って口に出せるようになったのは、ごく最近な気もする。彼には昨年くらいから「寂しいよ。会いたいよ。」って甘えられるようになったんだよね。

彼はお父さんじゃないって、頭ではわかってきたけど、まだスッキリしない。お父さんじゃなくても、彼が一度はわたしを置いていったことには変わりはない。やっぱり、彼女①と暮らしているのは許せない、と思う。この感情はすぐに消し去ることは出来ない。

少しずつ、彼とお父さんを切り離せるといいけど・・・。方法がわからない。「彼はお父さんじゃないんだ。」って、事あるごとに自分に言い聞かせていけばいいのかな?

彼が誰か女性と暮らし始めたことを知ったら、息子さんたちが連絡してこなくなった・・・。携帯に何度電話入れてもかけてこないそうだ。

彼女②が「たとえ、小遣いを渡さなくても、息子さんたちがかわいいなら、あなたが積極的に連絡を取り、お茶でも飲めばいいじゃない?」と言ったら、彼は「これでいいんだ。」って答えたらしい。

わたしには「息子たちは今度こそ『見捨てられた』と思ったんだろう。」と話していた。そのとき、わたしは「誰と住もうと、自分たちのお父さんに変わりはないのに・・・。」と思った。「見捨てられた」と言う彼の表現が解せなかった。

でも、やっとわかったよ、息子さんたちもわたしと同じ気持ちなのかもしれないね。彼に、お父さんに置いて行かれた。・・・そう思うのかも?

わたしはお父さんじゃなく彼だったから、怒りをぶつけ、しがみついたけど・・・父にはそんなことできないね。素直な気持ちなんか出せないし、言えない。

息子さんたちはあきらめてしまったのかもしれないね。わたしも同じ「お父さんのいない子」だからよくわかる。・・・お父さんの人生なんだから、自分たちがどうこう言う資格はない、とまず思うだろう。いつも期待はせず、あきらめることに慣れてると思うし。たぶん、わたし同様、心に怒りを抱えていることすら、気づいていないかもしれない。それでも、携帯に出ないことが唯一の怒りの表現なのかもしれない・・・違うかな?

まだ心の整理が出来てなくて、ダラダラ書いちゃったけど・・・来週、彼に会うまでに少しは落ち着くかな?もし話せそうだったら、自分の父への気持ちを語り、彼には息子さんたちへのメッセージだけは送り続けて欲しい、と願うけど。まだわからないな。

ただ、父への気持ちの爆発とは別に、やっぱり彼と彼女①の生活は現実だから、どうなるかわからない。いつも自分に言い聞かせてるけど、今は静かに見守りながら、時を待とうと思う。このままでは済まない・・・それだけは感じるんだ。

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家族は元気。

毎日毎日、飽きもせず泣いてるけど、家族は意外に元気。

長女は受験勉強で毎日予備校がよい。授業がない日も自習室に行って頑張ってる。(この自習室、時には仮眠室と化すらしいけど・・・)家にいるとつい寝てしまってダメみたいなので、この子は予備校に行かせて正解だったと思う。

先日も学校で三者面談があったんだけど・・・。担任の女性の先生がすごくフランクな人で、娘もわりに遠慮がないので、わたしもつい地を出して、言いたい放題。暴走してしまったかも?

この親にしてこの子あり・・・?二人で進路についてああでもないこうでもないと先生の前で語り合ってしまったり・・・先生「今日は有意義だったと思いますね。」ホントかな?

面談が終わった後、娘がしょぼくれていた。「何だか疲れたなあ。」って。

わたしはその前に彼女①の書き込みで大ショックを受け、頭の中はパニック状態だったんだ。泣いて仕事に行き、帰って来て泣きながら支度して・・・「もう行かなくちゃ。学校で娘が待ってるんだ。」と思うけど、涙が止まらない。車に乗ったけど、途中でどこを走ってるのか、何のために車に乗ったのかまで、一瞬わからなくなった。・・・まずい、冷静にならなくちゃ・・・と自分を奮い立たせて学校まで行った。

そんな調子で面談に臨んだから、しっかりしてるつもりでもどこか心ここにあらずだったのかもしれない。娘に悪いことをしてしまった、と思ったけど後悔しても始まらない。

しょぼくれて予備校に向かった娘を見送り、わたしはPTAの打ち合わせに。議題は卒業記念品について・・・みんなの声が遠くに聞こえる。委員会のお疲れ様会の幹事もなっていたっけ。「準備は任せたよ。」との委員長さんの言葉に力なく「うん、大丈夫。」と答える。傍から見たら明るい返事?かな?

同じ方向に帰る役員さんを、帰り道車で送ってあげる。うわさ話、悪口も遠くに聞こえる。テキトーにあいづちを打ち、心の中は呆然としながら、表面上は普通に装って家に帰る。

夕方、娘にメールした。「今日はゴメンネ。まずかったかなあ?」しばらくして返事が来た。「まあ、改めて考えてみると、あれが普段のうちらだったんだから、良かったんじゃん?(ワラ)」だって。

ちょっとホッとした。「こんなお母さんでゴメン!ありがとう。」そう思った。

次女の方は剣道部に入ってから、帰りは遅いし、休日もほとんど家にいない。帰ってきても夕食も食べずにずっと寝ているので、ほとんど話も出来ない。まあ、学校では友達もたくさんできて、楽しく過ごしてるみたいなので安心だけど。

「わたし、最近家では寝てるだけだから、パパともほとんど話してないし、家で何が起こってるのか全然わからない。」と先日も言っていた。ちょっと寂しいけど、だんだん独り立ちしていくんだね。

ただ、疲れてるからってふてくされたり、物に当たるのはやめて~~。夫の以前の行動と重なって辛いんだ。先日は我慢できず、言っちゃった。「お願い!物に当たらないで!」って。「やってないよ!」って言い返されたけど・・・。娘には言えるんだけどね。

自分なりに必死で軌道修正し、まともに生きようと思ってるんだけど、果たして娘たちに対して、母親としてちゃんと出来てるかどうかはわからない。ただ、自立まであと少し、親としてやれることは協力し見守って行きたい、それだけは願ってる。

夫は以前よりずっとおとなしくなったけど・・・・先日、遅く帰った長女の弁当箱を洗っていたら、壁を何度もたたいてきた。「すぐ終わるから・・・やめて!」と言ってもやめない。11時半くらいだったからね・・・洗面所で洗えば良かったんだけど。

翌朝は何もなかったように平然としていた。でも、半年?それ以上やっていなかったのに、この一回がわたしの胸には響いちゃった。今思い出しても苦しい。この一度の意地悪だけでも、「いつか離婚したいなあ。」と思ってしまう。

先日もわたしがちょっと遠出をした際、「会社に持っていくからお土産買ってきてくれる?」と言われた。「買ってきたよ。」と言ったら、「ああ。やっぱりいらない。」と言う。それなりに気を使ったのに、ちょっとガクッと来るよね。

それなのに、出勤する直前に「やっぱり持ってくから。ママに言って。」と突然次女に言いつける。わたしはあわてて夫に手渡す。これってやっぱり、モラハラだと思う。「せっかく買ってきたのに断って悪かった。」とかじゃないと感じる。

うまく言えないけど、だいぶ良くなっては来たけど・・・まだまだ、夫の心の根っこにはモラハラの要素が残ってる。当たり前だよね。早々拭い去れるものじゃない。

それでも夫なりに努力してるんだから認めてあげればいいんだけど・・・少なくなった分、たまにやられるとダメージが大きい。モラハラだって、ハッキリわからない、自分の思い過ごしだって思ってしまいそうなのが、余計辛い。

彼のことで揺れ動いてるし、夫ともやっぱりずっと一緒にいる自信がない。どうしても別れたい!と言う強い気持ちにではないけど・・・。どちらにしても、今は娘たちと一緒にいなくちゃいけない。家を出られないし、自活もできない。このまま、頑張るしかないんだね。

傍から見たら、夫は理解のある人で、わたしがワガママなだけなのかもしれない。今はいろいろ考えながらここにいるしかないんだね。

今日もダメだわ~~。とりあえず、仕事に行ってきます。            

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父への思い

父に言われた言葉を夫に話したら、「いつも、オレには足りないって言ってるんだからさ。家計に入れるって事じゃなく、自分のためにもらっておけば良かったのに。」だって。

そうか~考えて見ればそうだよね。でも、何て言ってもらえばいいの?うまく甘えることが出来ないんだよね。次女には「惜しかったけど、まあ謙虚にしておけばまた良い事もあるよ。」と言ってもらえたけど。

自分が何か買おうとか、そんな気はさらさらない。すぐに彼のことが浮かんだし。彼に少しでも渡そうなんて考えてしまうから、なおさら今はもらってはいけないような気がしてしまったんだ。それに、父に心配をかけたくない。幸せに暮らしてると伝えたい。・・・それしか考えられなかったんだよね。

父には子供が5人いる。わたしの母の子が女の子3人、再婚した相手と男の子2人。

わたしが5歳のとき離婚し、以前から付き合っていた女性と再婚。協議離婚で姉二人は父に、わたしは母に引き取られた。

最近になって、姉たちの大変だった様子を聞く機会が増えた。父は独立して会社を興し、働きづめの毎日で家にはほとんどいなかったそうだ。

再婚して生まれた下の男の子は知的障害があった。わたしとは10歳違い。父の不在、連れ子も含む4人の子育て、父の奥さんはすごいストレスだったことだろう。

姉たちは苛められ、上の姉は父の再婚後5年で16歳のとき家出した。その時東京で知り合った今のダンナとずっと一緒にいて現在に至るんだけど・・・この夫が遊び人で、いまだに苦労してる。普段は職場の近くの部屋に泊まり、週末だけ家に帰り、ほぼ別居状態がもう5年以上続いてる。金銭面で常に衝突し、先日も大ゲンカしたらしい。

下の姉は高校卒業まで家に留まったけど、明るかった性格がすっかり変わってしまった。この姉はイチゴが大嫌いなんだけど、それは子どもの頃に何か原因があるらしい。おしゃべりで明るかったのに、全くしゃべらなくなったんだそうだ・・・上の姉が「ホントにかわいそうだった。」といまだに言ってる。

わたしが下の姉と接するようになったのは、姉が社会人になってからだけど、当初は暗い性格だったもん。結婚して、二人目の子が幼稚園に入ったとたんに姉はうつ病になった。

現在は姉は良くなったけど、19歳の長男が高2から引きこもりになった。姉とその娘は買物依存症だと思う。だからお金がいくらあっても足りない。片付けられない症候群でもあると思うんだけど、家の中は物でいっぱいですごい有様だ。夫は人当たりはいい人だけど、金銭感覚がなく、大酒飲みで家庭を顧みない。

わたしと6歳違いの腹違いの長男とはまだ会ったことがない。上の姉とは仲がいいらしいんだけど。有名大学を目ざし何年も浪人し、卒業後父の会社に入ったけどうまく行かず、結婚して数年後に会社を辞めて外国に行ってしまった。

この長男が最近心を病んでしまったらしいんだ。現在は奥さんが働いてどうにか暮らしてるんだそうだ。父も80歳近いから、やっぱり長男に帰ってきてもらって会社を手伝って欲しい、と最近話しあったらしいけど・・・。

上の姉に言わせると、父も奥さんも障害を持つ次男に気持ちが注がれ、長男は期待されながらもどこかないがしろにされていた、と言う心の傷があるらしいんだ。だから、父とも断絶があったんだって。

父の周囲も大変だったんだね。じゃあ、母と二人で暮らしていたわたしはというと・・・母との暮らしは貧しくても、気を使わなくて自由で、今思えばのんびりしていた。でも、姉や父に会いたかった。寂しさを誰にも悟られたくなくて、人一倍元気にしていたけど、心にはいつも風が吹いていた。

大人になって家庭を持って、子供も産まれて寂しさは埋まったように思えたけど、父への恋しさは消えない。だから、夫や彼など、年上の男性を求めてしまうんだと思う。それは自分が一番良くわかってるんだ。父のような大きな愛情を求めるんだけど・・・それはなかなか得られないね。

自分の中に「父にとってわたしはいらない子なんじゃないか?」という不安が常にある。だから卑屈になっちゃうし、心配かけないようにと思ってしまう。年に一度でも父から連絡があると、うれしくて涙が出てしまう。

でもわたしだけでなく、意外に姉たちもほっとかれているらしく、特に上の姉は「自分は可愛がられていない。」と言う気持ちが心の底にあるような気がする。最近は年をとって穏やかになったけど、若い頃はやきもち?なのか、わたしが父に学資を出してもらったことなどを良く責められたものだ。

うちの兄弟もそれぞれ心の闇を抱えているんだよね。それは家庭環境が原因なんだろう。でも、そのせいにしたってどうしようもない。年をとった父を責めようもない。父に対するいろんな思いをみんな抱えているんだろうね。みんな、父に愛されたかったんだ。

わたしの彼への思いも、父に対する愛情の代償を得ようとしてるだけなのかもしれないね。わかってるんだ。心の隙間は埋めようとしても埋まらない。満たされようとしても、きっと満たされない。

彼は彼で、一緒に暮らせなかった息子たちへのいろんな思いを抱えてる。彼の思いは息子たちに届いているのかなあ?ちょっと疑問な気がする。

夫は結婚するとき、「ピコピーはお父さんがいなくてかわいそうだったなあ。これからはオレがいるからな。」と言ってくれたけど・・・ずっとモラハラの嵐だった。最近は少し落ち着いたけど・・・。

みんな何かしら抱えてるんだ。心に吹く風は無理に抑えようとせず、うまく付き合ってやり過ごしていくしかないのかなあ?

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もうダメかもしれない・・・その3

彼は彼女②のところに無事着いた様子で、彼女②から夕べメールが届いた。

「彼女①はかなり精神的に不安定みたいね。彼は着いてすぐ、もう愚痴をこぼして当り散らしていますが、彼女①にはこんなことは言えない・・・と言ってるので少しかわいそうになりました。あなたは彼女①を慰めるために行ったの?と言う他ありませんでした・・・。」

また泣けてしまった。彼女②に返信してから寝たけど、翌朝になっても全然心が切り替わらない。早朝の仕事はひとりだから、やっている間ずっと泣いていた。誰かに気づかれなかったかな?

わたしはもうダメだ。死んでしまいたい。こんなに苦しいなら、彼を好きな自分の存在を消し去りたい。彼や彼女①への憎しみや嫉妬より、自分を消し去りたい衝動にかられた。こんなこと、今までのわたしにはなかった感情だ。

初めて、本気で「死のうか?死ねるかな?」と思った。痛いかな?苦しいかな?どうやって死のうか?周りに迷惑かけないやり方は・・・?やっぱり海に飛び込むしかないのかな?と思った。

わたしが死んだらどうなるだろう?娘たちよりも母のことが浮かぶ。母には彼のことははほとんど話してないから、何も知らないだろう。女手ひとつで苦労して育ててくれたのに・・・こんなことで死ねない。そう考えると涙が止まらない。母が生きていなかったら・・・わたしはどうなっていたんだろう?

重い足取りで早朝の仕事を終え、帰宅した。もう、わたしに気持ちをぶつけられるのは彼しかいない。彼に「死ぬな!生き抜け!」って言ってもらえたら、わたしの精神もどうにか持ちこたえられるかもしれない。彼の携帯の電話番号を彼女②に聞こうとパソコンを開いた直後のことだった。

電話が鳴った・・・外国から?彼だ!・・・心が通じたのかな?泣き出したい気持ちを抑えて電話を取る。「もしもし・・・」元気そうな声だ。すぐに話したいけど・・・まだ7時前。子どもたちを起こし、弁当を作って送り出さなくてはいけない。後で電話するから・・・と平静を装って電話を切った。

1時間半後、電話する。「着いてからあまり体調が良くなかったけど、今日は大丈夫。」と彼。「あのさ・・・わたしさ・・・」「?」

「あなたの前では嫌われちゃいけないと思って、明るく振舞っていたけどさ。ホントはもう死んじゃいたいんだ。あなたを好きな自分を消し去って楽になりたいんだ。」「どうしたんだよ。しっかりしてくれよ。」彼は苦笑してるみたいだった。

「みんなオレの事を思って泣いてるんだ。そういうヤツがいっぱいいるんだから・・・」「オレも頑張ってるんだ。そんなふうにいわれたら困っちゃうよ。」「(今の生活は)しょうがないだろ。でも、いつもちゃんと付き合ってやってるだろう?」

「オレは彼女②にも責められてるんだぜ。あいつとは何でもないよ。まだあきらめていなくて、こちらに来いとか、財産分けしてくれるなんて話までしたけど、オレは日本を離れないから。」・・・だからわたしとは会えるって言いたいのかな?

「彼女②みたいにずうずうしくなれよ。」彼がどうであろうと自分は彼が好き・・・そのスタンスでいればいいだろう、と言うことなんだね。

「そんなこと言われるからオレも具合が悪くなっちゃうんだよ。」「ゴメンネ。・・・でもお願い・・・死ぬなって言って。生き抜けって言って・・・。」「ああ・・・しっかりしてくれよ。死なれたら困るよ。」わたしは何度も何度も彼に確かめた。「お願い。見捨てないで・・・。」「当たり前だろ。」

「ピコピーちゃんは笑顔がステキなんだから。笑顔で来いよ。待ってるから。」だって。

わたしが泣いたって何を言ったって、彼は自分が思うように生きるだろう。全てはわたしの心の問題なんだよね。彼にぶつけたって解決にはならないし、心は晴れない。それでも言わずにはいられなかった。

「ピコピーさんは強くなって。彼のことよりもお母さんたちを見る喜びなどを見つけて欲しい。どんなに尽くしても、彼には感謝されるかどうかもわからないし。・・・」彼女②から返信が届いていた。

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家族連れの喧騒の中で・・・。

我が家のGWでのイベント予定は①義母のお世話②家族で焼肉を食べに行く・・・でした。

子どもが小さい頃は時々家族で出かけたけれど、そのたびに夫が荒れ、娘たちにも何度も悲しい思いをさせた。いつ頃だったかな?義母も連れてみんなで出かけた子ども公園での夫の身勝手さに、「もう二度とパパと出かけるのはやめよう。」と決めた。

それからは外食もお出かけもいつも娘と3人、または次女とわたしと2人・・・と言う行動パターンが続いていた。4人で焼肉なんて何年ぶりだろう?以前その焼肉店に行ったのは、長女が中学生の時だったように思う。「そこまで前じゃないと思うけど・・・。」と娘たち。

夫は自分がおごるといって、わたしにみんなの都合を聞いて日程を調整させた。みんな忙しくて予定がいっぱい、休みのときヒマなのは夫だけだし。夫は「どこの店にしようか?」と、何週間も前から楽しみにしていた。以前と比べて穏やかになったので、「しょうがない、付き合ってあげようか?」と言う暗黙の了解が3人の中にあったことは間違いない。

夫はわたしもお酒が飲めるように・・・と気を使ってくれたけど、結局娘たちの希望で車で出かけた。わたしは別に飲まなくても良かったし、外食すると不思議とすぐおなかが痛くなってしまうことが多くて・・・特に焼肉とかはNG。その時はおいしく食べるんだよ~だけど、数時間もしないうちに・・・。(すみません)

夫と長女はどちらかと言うとよく食べる方だし、小食の次女も焼肉だけは好きなんだ。次女の隣に座って焼酎をかたむける夫は、まんざらでもなさそう。長女はわたしの隣で、次女と向き合ってお肉をつついてる。もともと2人は仲良しだから、楽しそうだ。

家族連れで満席の焼肉店の喧騒の中で、楽しそうな3人を眺めながら、「幸せってこんなことなのかな?」と思いながら、彼のことをぼんやりと考えていた。

この家族を大切にし、悲しい思いをさせないよう、幸せに出来るよう、わたしは心を尽くす・・・それはもう間違いない。

食べ過ぎたから散歩してくると言って、家に着くと娘たちは自転車で出かけて行った。夫は飲めなかったわたしのためにとビールを出して来てくれて、自分も少し飲んだ。ビールは苦かった。テレビだけがにぎやかで、なぜか2人の会話は弾まなかった。

夫は何を思っていたんだろう?ビールの缶が空くと黙って自分の部屋に帰っていった。わたしの心の中は見えないはずだけど・・・それでもいつのまにかまた彼でいっぱいになってしまった自分の心を抑えることは出来ないと思った。

帰ってきた娘たち「楽しかったね。あれ?まだ2人で飲んでると思ってたのに・・・もうやめちゃったの?」だって。

しばらくしてからの長女の何げない一言「なんか疲れたなあ。」・・・そうかもしれないね。

*****

彼が「ピコピーは子どもと仲が良くてうらやましい。」と言っていたっけ。別に家族で食事するとかそういうことでなくても、彼は息子たちとの確かな心の絆を実感したいんだね。でも、たぶんそれは無理なんだ。

彼女②から聞いた様子だと、彼の長男は小遣いがなくなると彼を呼び出しているらしい。もう、自立してもいい年頃なのに。彼もそのたびにノコノコでかけていって、なけ無しのお金をみんな与えてしまうんだね。たぶん、長男は彼同様、お金に関する感覚が育っていないんだと思う。こういうのって連鎖するのかなあ?次男は彼をあてにせず自立しているから、父親とは連絡も取らないらしい。

そんな金銭感覚ゼロの彼の生活を、彼女①は支えていけるだろうか?心配だけど、もし彼女が投げ出してしまってもそれをわたしが全て受け止める自信はない。でも、彼をホームレスにすることは出来ない。かといって共倒れも嫌だ。

相変わらずグルグルしちゃうけど、わかっていることは夫がわたしの生活を支えてくれるからこそ、わたしは彼と会うこともできるし、少しだけど助けてやれると言うことだ。これが自分たちの生活のみで余裕がなかったら、とてもそんなことは出来ない。

夫に渡す小遣いの使い道や、休みの前日は必ず帰りが遅いけどそのことには一切干渉しないで来た。同様に夫も、家計は一切わたしに任せてくれ、パート代の使い道も全く干渉しない。何を買ってもどこに出かけても、多少の苦言はあってもたいていはあまり文句は言わない。

お互いに、言わなくてもいいことは言わない。やることをきちんとやっていればそれでいい。一応信頼関係は築けてるのかな?ずっとそれでやってきたから・・・。これからも、わたしは自分の思うまま、信じた道を歩んでいこう。たとえ、それが非常識であっても、わたしがそれでいいと決めたならそれでいいんだ。そう思った。

また話題がそれちゃたけど・・・家族そろっての和やかな外食の席で、わたしは夫に感謝しながらそんなことを考えていた。なんて身勝手な人間だろう・・・。

夫が先日こう言っていたっけ。「ママとオレは打算もあるけど、彼への思いは純粋なものだろう?」どういうつもりでこんな言葉を口にしたんだろう?いずれわかるときが来るかもしれないね。

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義母が帰りました。

春の遠足シーズンですね。リュックをしょった小学生の列をたくさん見かけたり。

高校も遠足らしきものがあり、先月27日、次女は横浜に行ってきた。達人の中華まんとかを並んで食べたそうだ。家族全員にひとつずつ小さなおみやげを買ってきてくれた。わたしにはご当地キティのボールペン(中華街バージョン)だったよ。

長女は2日に上野・浅草方面へ。おみやげは浅草の仲見世で買った黒こしょうのおせんべい。おいしいけど辛い~~!先日、テレビで長女の大好きなアイドルが食べていたらしい。食い気一筋の長女らしいね。

解散後、東京ディズニーランドへ足を伸ばすツワモノもいたらしいけど、長女たちは秋葉原でメイドカフェに寄って来たそうだ。最近のメイドカフェはオタクの方たちだけでなく、カップルや普通の人もたくさん来ているとか。観光名所になっちゃったのかな?雑誌にも載っている有名なお店なので、カワイイ子ばっかりで萌え萌えだったって。

昨日、義母が帰りました~~。

我が家に来るときは一人で電車で来てもらったんだけど、本当は車で送り迎えして欲しかったんだよね。近所の人へ生菓子をたくさんおみやげに買っちゃって、重いしかさばるけどたぶんそれを宅配便で送るのは嫌なんだ・・・帰ったらすぐ配りたい・・・。もう考えてることはわかってるから、「帰りは送って行ってあげる」と言ったら大喜び。

ところが夫が大怒り。さすがに義母の前では言わなかったけど、「送っていくことはない。そんなふうだったらもう来てもらわなくてもいい。まあ、どっちみちオレはもう二度と実家には行かないけどな。」だって。

「ママがばあさんを送っていくってことは、最終的にオレが迷惑を被ることになるんだ。」と何度も繰り返していた。夫の考えてること・・・??要はもしわたしに何かあったり事故になったとき、夫が大変になるって理屈なんだと思う。後は、わたしが姑の用事で留守をすると、自分の親のために悪いからと夫がご飯の支度をしなくちゃいけない、とかそんなところかな?

今に始まったことじゃないし、以前よりは態度は柔らかいけど、相変わらずしょうがないな~また出たか!と思ったり。

でも、もう送っていくと言っちゃったので決行した。帰りの車の中で「ホントにあの子はクセがあるって言うか、いつも不機嫌だねえ。わたしが帯状疱疹とかやって具合が悪かったんだから、『体調は大丈夫か?』とか一言ぐらいあっても良さそうなものなのに・・・。」と義母。

たしかにね・・・まあ、夫は義母に対してはいつまでも子ども気分なんだろうと思う。悪気はないのは義母もわかってるから、テキトーに慰めておいた。「あんたはいつも朗らかだねえ。」と言ってくれた。

「出てくるまで億劫だったけど、行って良かった、気晴らしになったよ。また行かせてもらうよ。」と喜んでいた。わたしも義母が来てしまえばわりに平気なんだけど、来るまでが心が重い。まあ、まだ長い付き合いになりそうだし・・・ゆっくり行こう。

道すがら、明るいうちの海も、辺りが暗くなりかけた頃の海もとてもキレイだった。もうほとんどの田んぼで田植えが終わっていて、緑もキレイ。帰りはカエルの大合唱だった。

帰る途中、夫からメール。「ばあさんはもう帰りましたか?車、気をつけてください。今日も少し遅くなります。じゃあねえ。」いつも義母がちゃんと帰ったか必ず確認するんだよね。たぶん、無事に着いたかも心配だけど、自分が帰ってきてまだいたらと思うと安心できないんだね。

「無事に着きました。」と義母に電話し、夫にメール。今回もお役目無事に済んだかな?

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義母が来ました。

昨日から義母が我が家に遊びに来た。昨年秋の旅行以来だから久しぶりかな?

さすがに年なのかなあ?家を出るのがすごく億劫だったみたい。「出てしまうと平気なんだけどね。」と言っていた。

相変わらずの空気を読めないマシンガントーク。駅まで迎えに行って車に乗ったとたんに「わたしはもう満79歳なんだ。年なんだからいつ死ぬかわからない。」に始まり、あっちが悪いこっちが痛い・・・。

家族の様子を聞きながら、「わたしはこうした方がいいと思う。」とご意見。・・・自分の手の内にみんな入ってないと気が収まらないんだよなあ、まあわかってるけど、わたしは言うことは聞かないから。支配はやめてくれ~~・・・。

わたしがいない時、さっそく夫がキレかかったらしい。「課長になったんだって?それで給料は上がったのかい?」とかしつこく聞いたらしい。(次女の証言)

今回の異動について夫は何か考えているらしく、そのことに触れると怒るから・・・って言っておいたのに~~。いや、それでもたぶん、義母はこのことを息子に直接聞きたかった、それが第一目的だったんだろう、とわたしはひそかに思ってるけど。

夕飯が済んだ頃から夫の機嫌が悪くなり始めた。今朝はず~っとふてくされていて、話しかけても一言も口をきかずわたしと目も合わせず、プイッと出て行った。

わかってるけどね~~辛いんだ嫌なんだ、義母が来てみんなの雰囲気が緊張するのが嫌なんだ。たぶん、心では「悪いなあ」と思っていて、帰って来たら変に明るくてまた数時間後にそれが続かずにふてくされ・・・もういつものことだけど。

「パパのお母さんなんだからさ~~。私は今日も一日買物に連れてったり、ご飯作ったりするんだよ~~。」と心の中でつい思っちゃう。まあ、いいけどね。これじゃあ、義母を引き取って近くに住むなんて絶対無理だと思う。まあ、わたしも嫌だけどね。

長女も義母に話を合わせるのに必死。義母が部屋に帰ってから、「はあ~~わたし、頑張っちゃったなあ。」だって。「無理をすると後が続かないから、テキトーにしておきなよ。」と言っておいた。

夜10時半頃、義母から電話が2回。「目薬が見当たらない。さっき使ったはずなのに。あれがないと目が見えなくなっちゃう。もう早く帰らなくちゃ・・・。」

たぶん、どこかにしまい忘れたんだろうけど、「探したけどこちらにはないみたい。もう少し見てみるね。きっとどこかにあると思うよ。」とか適当に流しておいた。

もともと神経症っぽいところがある人だから、ちょっとしたことでパニックになる。今に始まったことじゃないけど、年を取ってさらにそんな面が強くなるね。認知症・・・大丈夫かな?

今朝電話があり、目薬は自分で冷蔵庫にしまったのを忘れていたんだそうだ。そんなことだろうと思って探してもいなかったけどね。

今日は次女の通っている高校と長女がバイトしていたお店を見たいのと、近所へおみやげを買いたいそうなので、もう少ししたら出かけるよ。夕食はカレーにしよう。一人だと作らないからと、義母が喜ぶからね。

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義母宅へ行って来ました。

能登方面の地震・・・大変な被害のようですね。被災者のかたがたに心からお見舞い申し上げます。一日も早い復興をお祈りいたします。

******

日曜日から一泊で次女と義母の家に行ってきました。

留守番の夫と長女のために夕食を作ってから出発し、9時半ごろ義母宅へ到着。次女は義母宅へ向かう夜のドライブが好きです。田舎なので走っている車も少なく、周囲は前も後ろも真っ暗で頼りは車のライトだけ・・・と言うのが怖いけど楽しいらしい。

翌日は一緒にファッションセンターしまむらとかスーパーとかに買物に行き、義母のおしゃべりに付き合い、ファミレスで夕食を食べてから、家に帰りました。

強行軍だったけど、入学祝をもらうと言う目的は達成?帯状疱疹の予後も心配なさそうで一安心。義母もわりにおとなしかったし。

行きも帰りも夜だったので、海が見えないのが残念でした。海を見たがっていた彼のことを思いしんみりしたけど、昨日は泣かずに済みました。彼の転居の後、泣かなかった日は初めて。これから少しずつ、泣かない日も増えていくのかな?

彼の好きだったジョン・コルトレーンの「バラード」のCDを急に聴きたくなって、車の中でかけていたけど・・・次女が「ドン・キホーテ」に寄りたいって言い出し、やけにハイテンションな店内にも圧倒され、コルトレーンの悲しいサックスの調べも吹き飛んじゃった。

これでいいのかな?

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夫の部屋へ

彼から連絡があった晩はあまり眠れませんでした。早朝、どうにも心が抑えきれず、迷ったけど夫の部屋に行きました。

「パパ、ちょっといい?」「ああ、いいよ。」部屋が真っ暗だったし、夫の寝ているところに行くのがあまりにも久しぶりだから勝手がわからず、いきなり夫の頭を蹴飛ばしちゃいました。

「ゴメン~~!!」「いててて・・・ところで今何時?」「5時半・・・。」

わたしは夫にしがみつき、夫はギュッと抱きしめてくれました。夫の体臭を久しぶりに感じました。懐かしいような気持ち・・・彼のも似ている、そんな気もしました。

「彼がさ・・・今日から彼女①と暮らすんだって。」「あれま?」「・・・何だかさあ・・・。」「・・・」

「パパ、どう思う?」「どう思うって・・・オレは○ちゃんと☆ちゃんが社会人になるまで働き続けなくちゃいけない。娘たちをきちんと育てること、それでもういっぱいだから、人のことまで考える余裕はないよ。聞かれたときはそれなりに答えるけど、真剣味はないな。人は人、それだけだよ。」「・・・そうだよね。」

「パパ、ゴメンね。」何度もわたしは言いました。夫のも娘たちにも申し訳ない、そんな気持ちでいっぱいになりました。それでいて、彼への未練がこみ上げてくる自分を感じました。わたしにはもう夫しか、この人しかいない。安心したような、それでいて寂しいような複雑な気持ちになりました。「わたし、夢見てたのかなあ・・・。」夫は答えませんでした

そのうち、夫は寝息を立て始めました。もちろんそれだけ。しばらくそのままで夫にくっついていたわたしは言葉を選んで、「パパの大切な子どもたち二人を悲しませないように、しっかり見て育てていくよ。」と言って、部屋を出ました。

子どもたちのことだけでなく、わたしのことも大切だと言って欲しかったなあ・・・とちょっとだけ思ったけど、それは自分のしてきたことを思ったらあまりにも贅沢だと思い直しました。もしかしたら怒っているかもしれない、子どもたちのお母さんだから仕方なく一緒にいるけど本当はわたしのことは許さないかもしれない、そんなおそれも感じました。

一日旅行から帰って来たら夫がサラダと味噌汁を作ってありました。昼食も娘たちにオムライスを作ってくれたらしい。わたしは黒糖まんじゅうを娘たちに、夫に地酒をおみやげに買ってきました。お互いに何も言わないけど・・・これが答えなのかも?

娘たちに「彼が彼女と暮らし始めたからさ、もう応援は出来ないから、いずれ全部やめるつもり。」と話しました。長女、「そうだったんだ。だからあれほど言ったのに・・・とは言わないけどさ。ママが納得するまでやることだから。」長女は彼のことが大嫌いでした。「考えが顔ににじみ出てるじゃん。」と言っていました。ずっと反対していたはずなのに・・・「ママ、かわいそう。」「元気出せ!」と何度も何度も言ってくれました。次女は聞いているのになぜかノーコメント。これもいつものことのような気がします。

「結局、人って楽な方に流されてしまうんだね・・・。」わたしがつぶやくと、長女は間髪入れず、「そりゃあそうだよ。楽な方がいいに決まってるもん。ただ、彼の選んだ手段は最低だけどね。」

夫には彼の応援をやめることはまだ話していません。でも、察しているだろうし、近いうちに話すことになるでしょう。

ここまで来てもまだわたしの心は彼でいっぱいです。会いたい、声が聞きたい、まだ連絡が取れないから・・・少しでも別れる日を先延ばししたい、そんな気持ちもあります。そんな彼でいっぱいのわたしの心の中の少しの隙間・・・その隙間がだんだん広がって彼の占める割合が少しずつ減っていくのかもしれない。今は焦ってもしょうがない。心が張り裂けそうだけど、でも乗り越えていけそうな、そんな気もします。愛するだけ愛した、やるだけやったんだから、もう充分なのかもしれません。

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旅立ちの日に

一昨日は次女の中学の卒業式でした。式って結構厳粛な気持ちになりますね~~。

最近SMAPがCMで歌っている「旅立ちの日に」も在校生が歌っていました。いい歌ですよね~聞いてると涙が出ちゃう。

ただ、この曲、うちの方の学校では「今、別れのとき・・・」を「出会いのとき」と変えて入学式でも歌っています。長女は「それって違うよな~~。『飛び立とう~~』って歌ってるじゃん。」といつも不満そうです。

娘たちの学校では両親に宛てたお礼の手紙を受付で渡されます。もらっただけでウルッと来ちゃいます~~。

式の後には写真を撮ったり・・・上の子もそうだったけど、友達と騒いでいて親には見向きもしません。わたしもお母さんたちにあちこち声をかけ、先生方にもお礼を言ったりして、子どもとは別々に近所のお母さん仲間と帰りました。

家で娘からの手紙を開いて見ました・・・。

「今まで育ててくれてありがとう。今日、義務教育を終え、中学を卒業します。早くから塾に行かせてくれてありがとう。高校生になったらバイトして自分の欲しいものはなるべく自分で買うようにするね。

高校生になっても大学生になっても社会人になっても、迷惑かけるときもあるかもしれないけど見捨てないでね。

(そして最後に大きな字で)これからも家族一緒に仲良く暮らして行こうね。これからもよろしくお願いします。」

最後の言葉を読み、なぜか彼の顔が浮かびました。ああ~~やっぱりダメだよ。子どもたちに悲しい思いはさせられないよ。子供たちが大人になるまでは家族一緒にいなくちゃかわいそうだもんね・・・。

別に離婚しようと思ってるわけでも、彼が来てくれって言ってるわけでもないんだけど・・・わたしの今までのいろんな不安を感じ取っての娘からの心の叫びなのかな?そんな気もして、かわいそうな思いをさせてきたんだなあと少し反省しました。

ついでに・・・と言うのも何だけど、2年前の長女からの手紙も夫の机の引き出しに保管してあったので見直してみました。

次女と違って小さな字で季節のあいさつ?から細々と書いてありました。

「部活動の試合をいつも応援に来てくれてありがとう。受験もわたしは頑張ったよ・・・。これからも、いろんな壁にぶつかっても頑張るから応援していてね。」

う~ん、これはわたしの分身だな。・・・夫が「長女はママの化身」だと言ったのが良くわかります。

ともあれ、下の子の義務教育が終わり、親としての務めもまた一区切り。夫とも子どもの成長の喜びを共有してる実感があります。夫婦ってこんな感じなのかな?

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サクラサク♪

我が家にもようやく春が訪れました。次女が第一志望の高校に合格しました~~。

長女の高校受験のときも散々騒いだので、今回は静かに見守ろう・・・と思っていましたが、終わってみれば長女の時以上に騒ぎまくっていたわたし・・・「まあ、いいけどね。」と夫と長女。

自己採点の結果が良くなかったので、わたしの方がしょげ返ってしまい、会う人ごとに「もうダメかも~~!!」と騒ぎ、「まだ結果が出てないのに。」と励まされてました。

今週の初めに落ち込みはピークに・・・何だか何もやる気がせず、長女に「いつも強気のママらしくないじゃない?人生は全て勝ち取るんじゃなかったの?」「う~~ん、そうなんだけど・・・なんかダメだ~~。○ちゃんの志望校だって、わたしが行かせたかっただけ。親の見栄だけなんだよ~~。でも、自分の子が落ちるなんて許せない~~!!」「しょうがないなあ。たぶん大丈夫だと思うよ。どちらにしても親が自分の子を信じなくてどうするの?」「でも~~!!」「嫌なオーラ出まくってるよ・・・。」なんて会話があり・・・。

合格発表の日は仕事のため連絡をもらうつもりでいましたが、夫と長女の勧めで次女と一緒に見に行くことにしました。仕事の時間はずらしてもらいました。

長女のときと同様、私は車の中で待っていて本人が確認しに行きました。携帯に「もしもし・・・受かったよ!」と次女の興奮した声。「わ~良かったね!」と冷静に答えたつもりでいましたが、後で次女に「ママ、電話で叫んでたね。」と言われました~~。

長女が学校が休みで家にいたら、姑から電話があったそうです。このところ音沙汰無しだったのに、「今日の9時に発表だったよね?」と・・・さすが夫と姑はキッチリしています。家に帰って来た次女に「直接ばあちゃんに電話してやりなよ。」だって。私の母にも電話したけど留守電でした・・・こちらはあまり関心ないからなあ。

夫も安心した様子。もともとネガティブな方なので、「落ちたっていいさ。気にするな。」とかわざわざ次女の気持ちを逆なでするようなコメントが数多かったけど、それはまあしょうがないね。「長かったな~~。」なんてつぶやいていたけど、長女の時のようにオロオロしたり、自分の不安をわたしたちにぶつけたりと言うことも少なかったですし、精神的に安定していたように思います。

「金のことは気にするな。」と子どもたちのことに関しては一切意見を言わないで任せてくれるのは何よりも感謝できることでした。私にもねぎらいのような態度を示してくれました。

わたし「今回はパパがおとなしかったね。大人になったね。」長女「ホントだよね。わたしの時は大変だったもん・・・でもさ、大人になった、っていうか?もともと大人なんだけどね~~。(苦笑)」

夫は仕事が手につかないと言って、午後有休をとって帰ってきましたが、次女は「これから遊びまくるぞ!」と友達と出て行った後でした。わたしも仕事でいなかったので、長女を話し相手に発泡酒で乾杯したらしいです。

次女の話ではやはり学校では悲喜こもごも・・・合格する人がいれば不合格も必ずあるわけで・・・意外な子が受かったり落ちたり・・・ホントに他人事ではありません。不合格だった子やその親の気持ちを思うと、ちょっぴり心が痛みました。

「終わってみれば前期で落ちて後期で受かって良かったでしょ?」と長女が次女に聞いていました。同じ経験をしているから、実感がこもっています。いろいろあったけど、次女にとっても得がたい経験になったことは間違いないと思います。

「もうこれからは絶対落ちない。高校では勉強ちゃんとやるし。大学は落ちないところを受ける。」んだそうです。

何はともあれ、ホッとしました。心配し、応援してくださった皆様、ありがとうございました。

ここ数日彼に用事があって電話していましたが、つながらない・・・。「ちょっぴり心配だから、帰って来たら携帯に電話ください。」と留守電に入れておいたら、8時過ぎに電話がありました。歯医者さんに行った後、食事していたんだって。

次女が合格したことを知らせたかったけど・・・何だかわざわざ言うのも変かな?と思ってやめてしまいました。わたしにとって大切なことだから、彼も聞けば喜んでくれたとは思うけど・・・子どものことは夫と喜びを分かち合えばいいか・・・そんな気もしました。

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開き直り?

次女は入試2日目の面接も終わったので、ホッとした様子。私が昼間留守したので、試験から帰って来てから長女とファミレスに行きました。

夕方にはショッピングにお付き合い。これから買物しまくるぞ~~!と言うことでしたが、この日は下見なのか良いものが見つからなかったのか、無印良品でボールペンを一本買っただけでした。

なぜか、わたしの方が旅行のパンフもらったり、ジャケットやキーホルダー、本や食料品やらお買物。誰のために来たのかわからない?まあ、これから春休みになるし、あちこちに買物しまくることは間違いないので・・・お付き合いします~~。

本屋さんでは神崎京介さんの「h+」を購入。すみません~~官能小説です。(汗)夫が週刊現代を買わなくなったので、「女薫の旅」も読めず、登場人物の大地くんやお母さんともご無沙汰しています。

神崎先生の作品は文体も優しい感じだし、体だけでなく心を重ねる描写が好きなんです~~。さすがに図書館にはあまり置いてませんね。私も次女同様、ちょっとホッとしたのでつい買ってしまいました・・・。

夕食時には次女の笑い声。少々元気がないものの、もう開き直ってるみたい。クヨクヨしてもしょうがないもんね~~。自分が勉強が好きになれないことをつくづく思い知ったんだそうです。「もう一生勉強したくない。」って・・・まだこれからでしょう?とりあえず、しばらくはゆっくりしていいよね。昨日の晩からは、居間では長女ひとりが勉強している光景に変わりました。

2月末にはパート先の所長さんが異動になり、最後のミーティング。終了後あいさつに行ったら、「ピコピーさんはいつやめちゃうか?どこかに行っちゃうか?っていつも心配していたのよ~~。」だって。

??事業所に入って1年半ですが、一度もやめたいと思ったことはないんだけど・・・そんな風に危なかっかしく見えたのかなあ?身に覚えがないけど?今度、事業所の他のメンバーにさりげなく聞いてみようと思います。

今日からは新しいケースの方のところへ行きます。「きちんとした方のところは苦手なので。」とサービス提供責任者に言ったら、この方のところは大丈夫・・・とのことでしたが。どうやらモノがあふれ返り、私の姉のところみたいな状態らしいです。それなら慣れてるし~~。

明日からは若年性アルツハイマーの方のデイの送り出しも再開します。脳梗塞で倒れて手術されたので心配してましたが、マヒは残らなかったそうで一安心。優しくて良い方なんです~~。

「また行くことになったよ。おうちに帰って来られたんだって。」と言ったら、長女が「良かったね。」と自分のことのように喜んでいました。ホントは自分のおばあちゃんにもこんな風に思いやりを持ってくれるといいんだけどね~まあ、義母もあんな調子だから・・・長女がもう少し大人になるまではしょうがないね。

ここ数日は仕事の予定が詰まっています。とりあえず頑張ります~~。

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お通夜です。

彼は勝手に勝利宣言してくれたけど・・・翌日の我が家はまるでお通夜状態。

この日は次女の公立の一般試験。わりにリラックスして、お弁当も完食。英語は出来た~なんて言って上機嫌で帰って来て、テレビの解説を見ながら自己採点していましたが・・・理科が終わったところで黙っちゃった・・・。

「どう?」何度も夫が聞くけど・・・「もう落ちた・・・ダメだ。」ふてくされてお気に入りのぬいぐるみを顔の上におき、言葉を出さなくなりました。

どうやら苦手科目がひびき、目標の点数に達しなかった様子。つぶやいていた点数だと・・・う~ん、ボーダーライン上かも?

結局、次女は夕食も食べず黙って数時間テレビを見つめていました。夫はそそくさと食事を済ませ、自分の部屋に帰っていきました。私はバイトに行っている長女にそっとメールし、そばで本を読んでいました。

帰って来た長女に「まだ結果はわからないよ。明日の面接も精一杯元気に臨んだ方がいいよ。」とか言われたけど、返事もしない。そのうち、「気分が悪い」といって布団に入ってしまいました。

次女がつぶやいていました。「落ち込んでるのに・・・追い討ちかけられた。」「もう人生終わった・・・。」誰の言葉や態度を怒っているのか・・・?夫かわたしか長女か?う~~嫌な雰囲気だわ~~。

今朝は一応朝食を少し食べ、ムッとして出かけていきました。次女が出て行ってから、思わずすべり止めの私立のこれからの予定と入学金などを確認してしまいました~~。

まだ結果はわかりませんが・・・もし入試に落ちたとしても、人生が終わるわけじゃない。そんな悔しい思いをすることもある・・・前向きに捉えて、くさらずに自分らしく生きていけばいい・・・って、次女だけでなく、わたし自身が納得しないといけないかも?

何かにつけて「勝ち取ろう!」「負けないぞ。頑張ろう!」と意気込んで、実際にいろんなことを勝ち取ってきたから・・・わたし自身が意外に挫折を知らないのかもしれません。時には自分の思い通りにならないこともそれなりに経験してきたけど、やっぱり子どもたちにも多くを望んでしまうんだよね。

結果発表は来週です~~。とりあえず、次女は今日帰って来たらショッピングに連れて行って欲しいそうなんで・・・慰めてきます~~。

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大音量はなくなったけど・・・。

先週の火曜日に次女の公立高校の前期入試がありました。出来たのか出来なかったのか?わりに明るい表情で帰ってきました。

次女の第一志望の学校は前期入試では30%の生徒が合格となり、残り70%は今月末の一般入試に賭けることになります。

とりあえず前期入試の発表までは淡い期待もあって、どうせ勉強に身が入らないだろう・・・とあきらめていたんですが、あにはからんや、なぜか今までになく勉強してる・・・!!

「ミラクルが起こらない限り、前期で合格はありえない」と思ったそうです。そうは言っても、不合格になったときのショックって大きいんだよな~~長女で経験済み。その日が来るのが恐ろしいです。

「○ちゃん、やけに勉強してるね。」と言うと、「だから~~ママが何も言わない方がいいんだよ。」と長女。

長女も今月から予備校に行き始めました。そろそろ焦り始めている様子で、アルバイトも3月いっぱいでやめることに自分で決めました。長女は教科書も声を出して読むし、独り言を言いながら勉強するし、テストの結果も毎回大騒ぎなので、次女と違ってわかりやすいです。次女が済んだら、長女でまた一年間大騒ぎしそうです。・・・教育ママの面目躍如・・・ってダメかなあ?

わたしは次女が居間で勉強しようとすると夫がそばに来るのが良くないのかと思っていました。でも、長女に言わせると、「本気で勉強しようと思ったら。そんなの関係ないはず。」と一蹴されました。

昨日は一日中居間で勉強していた次女、「一人じゃ寂しいから、パパも居間に来てよ。」と言ったらしい。夫から聞きました。

う~~ん、先生は夫を受け入れるわたしの気持ちが娘たちに反映してると言ってたけど、そうかなあ?少なくとも、わたしは夫が娘たちに近づくのはちょっとイヤだけど・・・。娘たちは違うみたい。

夕方、夫の部屋の前を通ったら、イヤホーンをつけてCDを聞いていました。以前はあんなに大音量を流していたのに・・・。これも変化?なのかな?ハネムーン期なだけじゃないか?そうじゃないといいけど・・・。まあ、また爆発してもしょうがないけど・・・いつもそんな風に最悪の場合を想定している自分がいます。

夫の変化に対して、わたしの方が今は意地悪かも?仕事から帰って来て、先週は夫の用意してあった夕食につい口を出し、今週は自分が頼んでいかなかったのに「何?やってくれてないじゃない?」とか言っちゃったり。

「ゴメン。言ってくれてあればやったのに。」と謝る夫に対し、「別にいいんだけどさ。」と答えながらにこやかになれない。以前はムッとしながら、一人で自分の部屋で酒を飲んでいたり・・・その頃に比べれば格段の変化なのに・・・。

わたし自身も回復にはまだまだ時間がかかりそうです。

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大いなる希望

「モラル・ハラスメント」と言う言葉を知ってから、ちょうど2年の歳月が流れていることにふと気がつきました。次女の歯医者の付き添いの待合室で偶然目にした「週刊朝日」の記事。あのときの衝撃は忘れることが出来ません。

その後、彼の作品の応援と日常生活的な記事を書いていた楽天のブログを閉め、ココログに夫のことを綴り始めました。結婚してからの夫からの様々な理不尽な仕打ちを思い出す限り、これでもかこれでもかと書き続けました。今まで、何かうまく行かないのはすべて自分の努力不足、自分が悪いんだと思い込んでいただけに夫への怒りは大きく、「よくもわたしを苛めてくれたな。殺してやりたい。」と思ったりもしました。

それから1年近く・・・夫の行状もほぼ書きつくしたかな?と思ったとき、やはり夫だけではなく彼との問題もわたしには避けて通れない、と感じ、カミングアウト?新たにこのブログを始めて、本当の自分をさらけ出したのです。

「気づいて」からちょうど2年。初めて「モラル・ハラスメント被害者同盟」の掲示板に書き込みしたときから、わたしは夫との離婚よりも「共存」を選んでいたように思います。子どもたちもいるし、経済的な問題もあるし・・何よりも夫の支配が強かったから、すぐに脱却する勇気がなかったのかもしれません。

その間には訪問介護の仕事も始めました。少しずつ時間を増やしている現状ですが、外に出ていろんな人と触れ合って仕事をし収入を得る・・・家族だけに向き合う世界から自分が少し抜け出てきたように思います。

彼と知り合った頃、夫は少し変りました。返事をするようになり・・・態度も少しだけ柔らかくなりました。これは家族や姑も気づいて、「どうしたんだろう?死期が迫ったんじゃ?」なんて不思議がったものです。

それでも不機嫌、無視、物に当たり大きな音を立てる・・・などは続きました。また、彼も相変わらず仕事がなく、世の中を恨む日々・・・その中でわたしは彼への思いばかりが募り・・・罪悪感と家族への思いとに挟まれ、毎日上がったり下がったり・・・そんな自分の気持ちを記録し、見つめていきたいとブログに吐き出してきました。

そんな一進一退の日々を送っていましたが、ここに来て何かが変わった・・・そんな実感があります。長いこと同じような苦しい状態が続いたのに、変わり始めたら一気に事が進んでいるようで、自分でも驚いています。

特に彼の変化にはホントに驚いています。彼の心に抱えている何かに対する怒り、味わってきた人生の不遇は、わたしにはどうすることも出来ない・・・と絶望感にかられたことは数え切れません。そんな彼が明るく前向きになりました。どうしたんだろう?何が原因なんだろう?と何度も確かめましたが・・・相変わらず仕事は入らず生活は苦しいけれど、彼の中の何かが変わったから今は安心しています。今年還暦なのに・・・何歳になっても人は変われるんだなあと、ひそかに感動しています。

そんな彼に気を取られていたら、夫もいつの間にか落ち着いてきたことに気づきました。先生によると「劇的に良くなってきている」そうですが・・・。

長女には「先生はママの一方的な話を聞いているだけだからなあ・・・パパはまた爆発するよ。今は受験のことで気が張ってるけど、終わった後の春ごろが危ないんじゃない?」と言われました。昨年末もずっとおとなしいのでかえって不安になり、「きっとお正月の爆発に向けて溜め込んでいるんだよ。」と話していましたが、結局爆発はありませんでした。

穏やかになった分、たまに爆発の兆しが見えたり、小さな意地悪があると、すごく辛く感じるようになってしまいます。以前は少々のことではくじけなかったのに。また、いつもビクビクし身構えて暮らしてきたので、穏やかな日々が落ち着かず、どこかで爆発を待っているようなところもありますね~。

その辺は少しずつ癒されていくのかな?夫ともずっと一緒にいるかどうかはまだわかりません。先生はわたしが夫を受け入れていると言ってくれるけど、心から許しているのかどうかは自分でもわからないし。仲良く楽しい家庭を築いていこう!と意気込む気は全然ないけど、とりあえず、もうしばらくは一緒に暮らしていけそう・・・そんな感じかな?娘たちにとっては大切なお父さんだし・・・これでよかったような気がします。

モラハラ同盟では「子どもたちへの影響」を考え、精神的暴力を行う夫とは離れることを勧めている人が多いですが・・・我が家のようなケースもあっても良いかも?そう思います。

何よりも、この変化の始まりは「気づき」だと感じています。気づかなかったら、わたしは進めなかったでしょう。「モラハラ同盟」の活動には改めて感謝します。

「夫は人格障害なんだって。何を見てもみんな「治らない。離れるべき」って書いてある・・・もう夫は変らないんだよ。」と嘆いたわたしに「そんなことはないよ。人は変われるはずだよ。」と言ってくれた友人がいました。「何もわからないくせに・・・」とその時は思ったんだけど。

今現実に、夫も彼も間違いなく変化しています。それだけは実感します。先生が「心って案外強いもの」って言ってたけど、「人は変わることが出来る」ことを改めて知りました。先生はそれをわたしの力だといってくれたけど、それだけではなく、夫や彼の自身の内なる力・・・それもあると思います。

「人は一人では変われない。お互いの相互作用によって変われるんですよ。」との先生の言葉が真実ならば、夫や彼とわたしとの出会い、触れ合いもムダじゃなかったのかな?

わたしは何よりも二人の中にある「何物かに対する怒り」を何とかしてあげたかった。心を救ってあげたかった。・・・それがもし少しでもかなっているならば、これ以上の喜びはありません。

たくさんの苦しみを経験したからこそ、乗り越えたときの喜びも大きいですよね。彼と夫に感謝します。また、娘たちやわたしを見守ってくれた周囲の皆さんにも大感謝!!です。ありがとうございました。

これからもいろんなことが起きると思います。落ち着いてきたと言っても、そう簡単に事態が良くなる物でもないでしょうから・・・。その時々に、またグダグダと吐き出させてもらいますが、良かったらこれからも見守ってくださいね~~。よろしくお願いいたします。

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一応、受験生の母・・・「一応」じゃないね!

ここ数日、少しは勉強してるみたい?と安心していた次女・・・今日仕事から午後3時頃帰って来たら毛布をかぶってコタツで寝てる。わたしが仕事に出る10時半頃はまだ寝ていた・・・その後、「お昼は何食べたらいいの?」と1時頃メールが来たから、一度は起きたんだろうけど・・・その後また寝てしまったんだろう。4時過ぎても寝ているので、「いい加減に起きないとまた夜寝られなくなるよ。」と何度も声をかけた。

ふてくされて起きる次女。「夕べ眠れなかった。」「だるい、体が重い。」「食欲がない。」・・・「具合が悪いの?」「いや、そんなことはないけど。」「何だかすっかり生活リズム崩してるじゃない?」わたしが詰問調だったのかな?次女がいきなり泣き出した。

長女は泣き虫だけど、次女が泣くことはほとんどない。前回は中2のとき、定期テストの点数が悪く、わたしが何かぼやいたんだよね。そうしたら泣き出したことがあった。それ以来だ。

まずいな~言い過ぎたかな?とちょっと思った。「もういいよ。もう何も言わないよ。○ちゃんの好きなようにすればいいよ。」と何度も言っちゃった。

その後、塾に行く支度をしている次女を尻目に、私は仕事に出かけた。土曜日はわりに忙しいんだよね。今日は4ケースあるんだ~~。

仕事先へ向かう車の中で考えたこと。次女は単なる寝過ぎ。こんなに寝ていて夜寝られるはずがない。勉強もやろうと思うけど手がつかない様子。先日も願書を出しに行っただけで、足が痛くなったと湿布薬を貼っていた。運動不足?完全にリズムを崩してる、自分に負けてるんだと思った。

夜、仕事から帰って来たら、夫と長女が食事を始めていた。長女、「ママ、何か言ったんでしょう?○ちゃん、話しかけてもほとんど口きかなかったよ。」「だってさ・・・」わたしは気色ばんだ。

「でかい声出すなよ。」夫が嫌な顔をした。「まあ、落ち着きなよ。ママが心配してるのはよくわかるけどさ。」

それから、3人で家族会議。3人の共通理解・・・次女はほとんど勉強していない。たぶん、やろうという気持ちはあるけど、プレッシャーで手につかないんだろう。このままではまずい。寝てしまうのも体が動かず、心の重圧からなんだろう。わたしなんて「うつ病なのかも?」とさえ思っちゃう。

結果がどうあれ、やりきって入試当日を迎えて欲しい、と思うのは3人とも同じ。また、勉強しなくてもせめて昼間は起きていたほうがいい、と言うのも同じ意見だった。

長女とわたしは熱血漢?だから、自分の弱い心に負けている次女が歯がゆくてしょうがない。「ずっと安全圏で来たから、入試を甘く考えてる。みんな頑張ってるのに・・・こんなんで受かったら頑張ってる人に失礼だよね。言い訳なんか通用しない。本当に志望校に行きたいと思ってるのかな?どこかで、滑り止めでもいいやと思ってるんじゃないの?

5年生から塾に行って今まで頑張ってきたのに、一番大切なこの時期になって全く覇気がなくなってしまった。実力はあると思うけど、このままでは本番で発揮できないような気がする。辛くてもここで自分と闘って乗り越えて欲しい。

そのためには家族は何が出来るか?次女の性格からして、うるさく言うと余計に反発するのは目に見えている。だからって、何も言わなかったらもっとやらないだろう・・・。次女に注意できるのは家族だけだと思うけど。」

長女とわたしはほぼ同意見。結果云々よりも、この初めての人生の試練に立ち向かい乗り越えて欲しい。ただ、長女にはわたしはもう何も言っちゃダメだと、きつく言われた。

「ママって結構きついからね。」自分では気づいていないけど、突き放すような言い方をしているらしい。「心配してくれてることはよ~くわかってるけど、子どもにとっては辛い言葉があるよ。ママは何でも直球だから。」そうなんだ~わたしは何に対してもストレートだからなあ。それが信条だけど、娘たちにはきついときもあるんだね。

「こんなに言ってるのにわかんないならもう知らないよ!勝手にすれば!」と言う態度もたぶんあるんだね。勝手にすれば、といってももちろん見捨てることは出来ず、その後もずっと監視?しちゃう・・・これも支配?共依存なのかな?娘たちを自分の思い通りにしようとしてるのかな?・・・考えてしまった。

夫はわたしたちとはちょっと違う。「○ちゃんなりに必死なんだよ。もうそっとしておくしかないよ。もしこれでダメでも自分の人生なんだ。誰も助けてやれないんだから。」

う~夫の気持ちもわからないでもないけど。たしかに周囲がどんなに気をもんでも、最後は次女自身の心の問題で、自身で乗り越えるしかない。自分の人生は自分で切り開くしかない。

でも、長女も言ってたけど、夫は自分にも次女にも甘い気がする。ここで踏ん張る。最後まであきらめない・・・見守るだけでなく、自分たちが出来ることをしてあげたい・・・長女はそう言っていた。

わたしはやっぱり何事も勝ち越えたいんだよ~負けるのは嫌だ。特に自分自身には・・・。だから、子どもたちにもそれを望んでしまう。「不合格が負けることとは違う。」って夫は言うけど、今の状態で不合格になればそれは「自分に負けたこと」に他ならない。少なくとも、次女は何もチャレンジしてないもん。

夫「試験で実力が出せないこともまたその子の実力なんだ。人の運命はある程度決まってるんだからさ。」何言ってるの~~!!運命は自分で切り開くものだよ。

はあ~次女にこんなにイライラさせられるとは思わなかった。長女やわたしと違い、内に秘めるタイプだからなおさらわかりにくい。夫「○ちゃんはお前たちは違う人間なんだから。」わかってるけどさ~親も試練だわ。次女を通し、また成長させてもらえるかな?

わたしにしてはあまり口を出さず、よく我慢してる方だ・・・とは二人の意見。とにかく、もうわたしは次女に何も言っちゃダメ!と言われたので、「じゃあ、自分に負けるな!乗り越えろ~!ってオーラだけ送るわ。」って言ったら、オーラもダメだって。

何をどうしていかわからないけど、もうひたすら祈るしかないね。ホントに・・・合格云々よりも次女が自分に負けないで欲しい、悔いを残さないで欲しい・・・それだけ。

・・・今もコタツで座椅子に座り、何もしてない~~塾から帰って来てからわたしとは一言も口を利いていない。と思っていたら、もうベッドで布団かぶってる。

我慢我慢。そっとしておくことにします~~。

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一応・・・受験生の母 その3

次女が滑り止めの私立高校に無事合格しました。「とりあえず、行くところはできた。」と本人もホッとした様子です。

内申書と事前相談でほぼ決まってるとはいえ、合格通知が手元に来るまでは落ち着かないものです。次女はチャレンジ校を受けませんでしたが、周囲では思いがけない子が落ちたり受かったり・・・そろそろ悲喜こもごもの様子らしいです。

私立一本でもう進路が決定した子も増えてきました。先日、わたしが友人にもらった東京ディズニーランドのパスポート2枚(有効期限が1月いっぱい)も、長女がバイトで忙しくていけそうもないので、進路が決まった子にプレゼントしました。

併願推薦とはいえ、3教科のペーパーテストがありましたが、次女はあまり出来がよくなかったようです。得意の英語はほぼ完璧?だったけど、数学がすごく難しかったとか。当日はお弁当も少ししか食べられず、帰って来てから食べていましたが、だいぶ緊張していたんでしょうね。

テストの上位成績者は特待生になります。一緒に受験したお友達には通知が来たそうです。次女とは抜きつ抜かれついつも競り合っている子なだけに、それを聞いたときは「少し寂しかった」と言っていました。

「わたし、今回あまり出来なかったしなあ・・・。」と言う次女に、「最後に志望校に合格した人が勝ちなんだから・・・とにかく頑張ろうよ。」と話したわたしですが・・・実はわたしの方が悔しかったんだなあ・・・。

次女が塾に行ってしまってから、夫に当り散らしちゃいました~~。「大体さ・・・○ちゃんは努力が足りないんだよ。全然勉強してないじゃない。いくら安全圏に入ってるっていわれてもさ、みんな追い上げて来るんだよ。これ以上出来ないって所までやりきれば結果はどうでも納得できるけどさ。○ちゃんは全然身が入ってないじゃない?」

「初めての人生の試練?にちょっと怖気づいてる感じがするよな。実力があっても本番で出し切れないタイプかも?試験の前の晩一睡もできなかったって言ってたし、弁当も食べられなかったっていうし・・・小心者なのはきっとオレに似たんだよ。ごめん。」

「そんなの言い訳だよ。精神的に弱すぎるよ。全く・・・あの子にこんなにイライラさせられるとは思わなかったよ!」

ああ~~やっちゃった・・・夫にプレッシャーかけてどうするんだ~~。何となく元気なく部屋に帰って行ったけど・・・もういいや。

長女は自分が頑張ってるのを親にアピールするタイプで、何でもわたしに話して、上がったり下がったり大騒ぎしながら頑張るんですね~~。次女も努力家で、長女とは違って黙々と一人頑張るタイプだと思っていたけど・・・部活と勉強と両立しなくてはいけないときは頑張っていたけど、勉強一本になったら何となく集中できなくなってしまったようにわたしには感じられるんだなあ。

ここで長女は「しっかりしなよ!」と叱ると奮起するんだけど、次女は言い訳したりふてくされたりしちゃうので難しいです。なるべくそっとしておこうと思うんだけど・・・「しっかりやりきらないと自分が後悔するよ。」と時々言ってしまいます。

だって~ファッション雑誌を見たり、テレビ見たり、そうでなければ寝てばかり・・・高2の長女の方がよっぽど勉強してる気がします。塾に行くだけで疲れちゃうみたいなんだけど、行かなかったら全く勉強してないかも?

うちにいると誘惑に負けちゃって・・・。塾の自習室は人が多いから行きたくない。言い訳ばかり。わたしに叱られて奮起して、日曜日の昼に姑の部屋で勉強すると言って出て行ったけど、知らない人が呼び鈴を押して怖かったと逃げ帰ってきて、コタツで夕方まで寝てる・・・それで夜寝られないって・・・ふざけるな~~!!

最近、夫が妙に私たちになついてきて、休みの日に居間にずっといてテレビを見ているのも、落ち着かない原因のひとつだと思います。娘たちは居間で勉強するので、リラックスさせてあげたいのに夫がいるとどうも空気が違う・・・でも、「自分の部屋に行って。」とはいいづらい。

夫も受験生なんだからと言う配慮が今ひとつ足りないみたいで、次女のそばに座ってニコニコしているし。しかも、自分の見たい番組をずっとつけている・・・わたしが仕事で留守すると、食事を作ってくれたりするから余計に言いづらい。

それでも、「もう次の公立の試験までは、休みの日はテレビ消して勉強させないとね。」と暗に示唆しておきました。

「ママは勉強!勉強!ってスゴイもんね~~。でも、そのおかげで頑張れるからいいけどね。」と長女はいつも言ってるけど・・・長女もセンターのプレ入試を受け、予備校の申し込みもしてきました。

以前、「娘たちのことはわりに突き放せるんですよ。」と言ったら、カウンセラーの先生が「本当ですか?」とちょっと疑い深そうにしていました。わたしの思い通りにさせようとは思っていないけどさ~努力しないのはどうしても許せないんだ~~。でもあまり厳しく言えないし・・・。

う~~ん、長女の方が勉強に関しては扱いやすいです。次女にはどう対応したらいいのかわかりません。悩みます~~。あと1か月、親も子も頑張ります~~。

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初騒ぎ その後②~帯状疱疹

夕方、姑から電話がありました。目の周囲がかゆいとか言ってたけど、病院で診察してもらったらヘルペス(帯状疱疹)なんだそうです~~。

目の周囲なので明日眼科に行き、明後日また皮膚科に来るように言われたとか。「先生は『う~ん、これくらいなら入院しなくても大丈夫だろう。』って言ってたけどね・・・」だって。

先週、痛み騒ぎの2日後に夫の姉が姑を病院に連れて行ったんですが、その晩、今度は義姉が具合が悪くなっちゃったらしいんです~。血圧がすごく高くなってしまい、夜義兄と病院に行ったんだって。

「オバちゃんが誰のせいでそうなったのか?・・・ばあちゃん、わかってるわけないよね。」と長女。大当たり!「・・・それでお姉さんは大丈夫なんですか?」と聞いてるのに、ほとんど自分の話に終始していたしね。

帯状疱疹と聞いて、また痛みがひどくなって大騒ぎするんじゃないかと心配しましたが、今のところかゆみだけで痛みはないらしい。まだ様子を見ないとわからないけどね。

それよりも~「もし、入院なんてことになったら来てもらわないといけないね。子どもがいるのに、妹たちに頼むわけには行かないよ。○○(義姉)だって具合が悪いなんて言ってられないでしょうよ。来てもらわなくちゃ・・・。」「妹たちにも『そんなに痛い痛いって言ってるんなら、子どものところへ行け!』って言われたし。まあ、兄弟には迷惑かけるなってことだろうけど、わたしは一人でしっかりやっててちっとも迷惑かけてないのに。」

叔母さんたちもそう来たか・・・。夫の姉も体調が悪いのにひどい言われようだと気の毒になりました。姑は会社勤めをしたことがないから、親のためなら仕事は簡単に休めると思ってるのかも?少なくとも土日の休みは親のために使うことが当たり前だと思ってるんでしょう。まして入院なんかした日には、近ければ病院に日参するのが当然と思っています。さすがに遠いからそれは出来ないと思いますが・・・。

今週は次女の私立高校の入試もあり、仕事もあるので、何かあってもすぐ行けるかどうかわからない、と姑には言いました。「そうだよね。今が一番大事なときだから・・・私のことは心配しなくていいよ。頑張るように伝えて。」と一応おとなしく言ってました。

帰宅した夫にも報告すると、「もう何を聞いても驚かないよ。オレは働き続けるだけだし。」「たとえ入院したって、仕事休んでいけるかどうかわからないよ。・・・こっちに来るって?来てどうなるもんでもないだろう?」(←これだけは良かった~~!!)

確かにそうだよね。一日や二日休めなくはないけど、姑の騒ぎに振り回されていちいち休んでいてもどうしようもない。

わたしも仕事をしていて本当に良かったと思います。そうでなかったら、いつでも駆けつけられるとあてにされ、年中振り回されていなくてはならなかったでしょう。

病気なのは気の毒だけど・・・それにしてもあの「自己愛」の強さにはあきれ果てます~~。絶対に近づきたくない。近くには住みたくないと思います。姑一人がわたしたち家族に近づいたら、家族4人ともおかしくなってしまいます。そこまで強い!恐るべし!

とりあえず、通院治療で治まってくれることを願います。たとえ、これから姑がいろいろ大変になっても、絶対こちらには呼ばない、とわたしは決めています。実家で介護サービスを受けるか、施設を探すか・・・まだ先のことだろうけど。余計なことを言うと自分が損するから、言葉には出しませんけどね。わたしは自分と家族を守りたい、姑とは距離(心だけでなく物理的にも)を置きたいです。

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初騒ぎ その後

昨日は次女の滑り止めの私立高校の出願日でした。こちらでは「併願推薦」と言ってます。中学を午後出て、それぞれで電車やバスを使って高校まで書類を出しにいき、帰りに学校に立ち寄り、受験番号を報告して帰宅します。

次女の受験する学校は最寄り駅からスクールバスなんですが、結構田舎です~~。バスに乗り遅れたら路線バスは通っておらず、タクシーだと3000円以上かかっちゃう。

「こんな風景好きだから、ここに通ったらわたし、いなかっぺ大将(古い?娘が何故この言葉を知ってるのかな?)になる!」と自分が気に入ってこの学校にしたんだけど・・・スクールバスに酔ったんだそうです。う~~ん、大丈夫か?

出来れば自転車で15分足らずの第一志望の公立高校に合格できればいちばんいいけどね~~。進路が決まるまで親子ともども落ち着かない日々が続きそうです。

万一姑の具合が回復しなかったら行かなくちゃならないから、彼とのデートとお見舞いの予定は死守していたんですが・・・帰宅したら案の定姑から電話があったらしい。

夕食の支度を済ませて電話を入れると、元気いっぱいの声。「病院へ行ったらさ、先生が『一過性のものかもしれないから様子を見ましょう。』って言って、薬をくれなかったんだよ。今日はあまり痛くないんだよ。こういうとみんないろいろ言うけどさ・・・ホントにあの日は転げまわるほど痛かったんだよ。ウソじゃないよ・・・うん、今も少し痛いような気もするんだけどね。でも大丈夫。」

「そうですか、じゃあ良かったですね。(怒)痛みには寒さが良くないみたいだからなるべく温かくするようにして・・・今度痛くなったらあわてずに(少し我慢して・・・と言いたかったけど)2・3日様子を見たほうがいいですよ。」「でもさ・・・前にひどく痛かったのは6月だよ。だから寒さは関係ないんじゃないの?とりあえず明日は来なくてもいいよ。心配かけたね。お世話様~~!」

もう!早く電話を切りたかったです。かけなおす前、夫が何か言いかけたけど・・・報告する気にもなれませんでした。「大丈夫だって・・・。」それ以上話すと、余計なことを言って夫の怒りに油を注ぎそうだからやめました。

電話の後、私の通ってる事業所の新年会のお知らせのFAXが届いていたのでその話題になりました。「・・・その日、オレの誕生日なんだけど・・・。」「そうだっけ?(実は忘れていました。翌日の次女の私立入試しか頭になかったわ~)でも、その日は上の子はバイトだし下の子は塾だしみんないないね。」「オレの誕生日なのにみんないないのか・・・。」「じゃあ、全員がそろう日に前倒しでやればいいじゃない?そうしようよ。」「いいよいいよ、そんなに気にしなくて・・・。」と答えながらも、「死んでやる、死んでやる・・・。」と何度もつぶやいていました。

食事の後は部屋に戻り、大げさに咳き込みため息が続く。はあ~~52歳の誕生日をそんなに祝ってほしいのかなあ?優しくすれば調子に乗ってこの騒ぎ。このお坊ちゃまくんを育てなおすの?夫がこうなった原因を作った張本人のあっけらかんとした電話を切った後だけに、腹が立つようなやりきれない思いに襲われてしまいます。

翌朝、娘たちと相談し、日曜日の夜にパパの誕生日を祝おうと決めました。家族に囲まれた温かな家庭、幸せな誕生パーティー?はあ~・・・まあいいけどね~~。

「こうなったら、迷ってたけど『○夫・○子奨学金(姑が夫名義で貯めたお金をもらったのが少し残ってるので)』で大学の通信講座を受けようっと!たとえ、途中で挫折して『教養だけ身についたから』って言い訳してムダ金になっても別にいいもんね~~。」長女「そういうときだけ二人を利用するって悪い子だね。」わたし「いいんだよ~わたしは必死で働いてるんだから。」・・・今だけちょっとヤケになってます。

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初騒ぎ

昨日の朝、姑から電話。暮れ~お正月に行った時の忘れ物、わたしの化粧ポーチがあったよ、とのこと。「ところでさ・・・昨日からまた何だか肩が痛いんだよ。咳は治まったんだけどね。こんななら、咳の方がまだマシだったわ。痛くてね・・・。」

姑は3年前にリウマチ性の筋痛症と診断され、現在通院中。痛み止めの強い薬も飲んでいます。こないだまで「熱の出ない肺炎かも?」って大騒ぎしていたのに・・・。

夕方になってまた電話。「ホントに体が動かないほど痛くなってきちゃったんだよ。受話器を持つのもやっとだよ。さっき、妹が来てご飯の支度はしていってくれたけど食べたくないよ。痛いわ~オー痛い、オー痛い・・・。いたたたた・・・。」「・・・。」

たぶん、ここ数日の寒さがこたえたのかもしれません。いつも石油ストーブとファンヒーターをつけてるけど、広い家のあちこち開けっ放しで寒~い生活をしてるから・・・。病気ですから痛みが急に強くなることもあるのかもしれません。痛みは他人にはわからないから辛いんだろうけど・・・。もう少し我慢できないのかなあ?

結局、我が家だけでなく、夫の姉、同じ市内に住む二人の妹に電話をかけ、「痛い、痛い。」を連発し続け、妹の一人がかかりつけの病院の救急センターに連れて行ったそうです。

留守番してる方の叔母さんと電話で話しました。命にかかわるようなものじゃないからたぶん痛み止めを処方される程度で返されるだろう、とのことでした。叔母さんたちもわかってはいるけど、姑があまりにも騒ぐので気が済むようにさせようとしていることがわかりました。

「遠いのですぐ行かれなくて申し訳ありません。」と叔母さんたちに謝りましたが、「いいのよ。嫁さんは大変だね。ワガママな姉だけど、わかってあげてちょうだいね。こちらこそすまないねえ。」と言ってくれました。姑は5人兄弟の長女ですが、たぶんいちばんワガママなんでしょうね~。「体は痛いけど、手足と口は動くんだってさ・・・全く。」だそうです。

予想通り痛み止めをもらって帰って来たらしく、また電話口で「痛いよ~転げまわってるよ~いたたたた・・・」そばにいる叔母さんをアゴで使っている様子。結局、この晩は痛み止めを飲み様子を見て、2日後の担当の先生がいる日に診察してもらうか、どうしても痛みがひどかったら翌日別な先生に診てもらってください、と言われたとのことでした。病院には夫の姉がついていってくれることになりました。わたしは木曜日が休みなので、その日までは行けそうもないのですみません~と言っておきました。

夕方電話が来たとき、そばにいた長女、「ばあちゃんが具合が悪いなんてパパに言わないで。またパニックになって機嫌が悪くなるの嫌だもん。わたしがいるときにはばあちゃんの話、聞きたくない。」・・・そう言ったって、あんたのおばあちゃんでしょう?わたしには他人だけどさ~と心で叫んだりして。う~~ん、どうしよう?

迷った末、食事も済ませ、救急騒ぎも一段落した後、布団に入ってる夫に声をかけました。案の定、夫は一瞬パニックに・・・「明日会社休んでオレが実家に行く。仕事に行きたくないし。明日行けばいいんだろ?」訳がわかんなくなったみたい。「そんな渦中に行ってどうするの?叔母さんもお姉さんも行ってくれるし、たぶん今すぐどうとか言う症状じゃないんだから、少し様子を見たほうがいいよ。明日行く必要はないよ。行くなら、木曜日にわたしが行くよ。」やっぱり夕ご飯の前に言わなくて良かったかも?たぶん騒いでるだけで実際は大したことないに決まってる・・・けど、そんなこと言ったら逆上するしね~~。かといって、息子である夫に相談しないわけには行かないし。

翌日、会社に行った夫から電話がありました。「昨日の話、よくわからなかったんだけど・・・どの叔母さんが病院に行ってくれたの?オレからお礼の電話しといた方がいいよな?」一応、少し落ち着いて自分がやるべきこともわかったみたい?・・・叔母さんたちの電話番号を伝えました。実家にも電話を入れたらしい。

夕方、姑に電話すると、「今日は昨日みたいに痛くないんだよ~~。よく眠れたしさ。明日は娘と病院に行ってくるね~~。心配かけてすみません。」だって。

はあ~~相変わらずの周囲を巻き込んでの大騒ぎ。近くに住んでなくてホントに良かったと思います。また、仕事や娘の受験などを言い訳に出来るので良かった~~。いちいち振り回されていたらやってられない。

痛いって騒いでいたときから、もしかしたら次の日には少しは治まるんじゃないかなと思っていたけど、その一日が辛抱できないみたいで・・・痛い→食事が出来ない(実際は食べている)→家事が出来ない(2.3日不自由だからってどうってことないと思うけど)→もう一人では暮らせない・・・となってしまう。それも朝具合が悪いって言い出したら夕方にはもうそこまで行ってる・・・やってられない~~。

病気の人に対して申し訳ないけど、既に周囲はみんな醒めています。それでも我が家の4人の中で、わたしが一番本気にして心配していたようにも思います・・・でも、ピーターと狼のように、やっぱり・・・まあ、ホントに具合が悪かったら困るけどね。

もう明日は電話しません。きっと大丈夫でしょう。

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平和なお正月

結局お正月は風邪っぴきで胃が痛くて、お酒は全然飲みませんでした。2日には娘たちと母のところへ行きました。母は「何も用意してないよ。」と言ったけど、ホントにお茶とみかんしかありませんでした。痴呆とかはなさそうだけど、どうも引きこもりがちで何事にも意欲がなくなってきている気がして心配です。娘たちは「ママのばあちゃんはいつもあんな感じじゃない?」と言ってたけど。

さすがに風邪の症状がひどかったので、3日は洗濯物を干した後は、夕方まで寝かせてもらいました。といってもわたしはいつも居間で寝てるので、私の布団があると他のメンバーが座るスペースが狭くなります。悪いけど、夫には自分の部屋にいてもらいました。布団の中で江川紹子さんの「オウム真理教 裁判傍聴記②」を読み終わりました。具合が悪いときに読む本じゃないかな?

最近の夫はは昼間は居間に来てコタツに入ってることが多くなりました。夫が居間にいると、正直言ってわたしは気を遣って落ち着きません。何も言わないんだけど、最近は異常に機嫌がいいんだけど・・・どうもダメです。

このところウソのようにおとなしく、爆発もありません。「正月に向けて溜め込んでるんじゃないの?」と長女は言っていたけど、もうお正月も終わるし・・・でも、成人の日の3連休もあるから油断大敵かな?

昼食は夫がラーメンを作ってくれました。わりにおいしかったです。こういうのを平和って言うのかな?釈然としないけど・・・。それにしても、以前のようにわたしが具合が悪いから不安になるということはなくなったみたいだけど、午後ずっと台所にいて夕食の準備をするのは出来ればやめて欲しい。作らせてるのも悪いような気がするし、居間とつながっているので落ち着いて寝ていられないんだよ~~。悪気がないのはわかってるんだけど・・・。食べる前にささっとあるものでやればいいからさ~~。変に張り切るのはやめて~~!

長女と夫の元日もすごく平和だったそうです。「ママたちには悪かったけど・・・ウソみたいに穏やかだったよ~。」と長女。おかげで姑とも楽しく?過ごしてきたけどね~~。次女にキツイ言葉を何度か浴びせていた姑、次女がかわいそうでした。長女だったら絶対耐えられないと思います。さすがの次女も2晩が限界。「ばあちゃんがうるさくて何も食べたくなかった。」とお雑煮もあまり食べませんでした。

長女と夫は盛り上がり、お正月特価のロデオボーイ2を買うと言い出しました。知ってますか?乗馬みたいにするフィットネス器具。「あれでダイエットしたい!前から欲しかったんだ。」と長女。「パパの会社で補助が出るはずだから(福利厚生でそういうのがあるんです)買って来たら?」と夫。

こんなの狭い居間に置いたら、また私の寝るスペースがなくなるじゃない~~!どうせすぐに飽きるに決まってる。買いに行って領収書をもらってくるのも、配送されてきたものの梱包を解くのも、使わなくなったらどこかに移動するのも、結局みんな私がやるんじゃないよ~~。

でも、買うと決めたら言うこと聞かないし。まあいいけどね~~。今日届いたのでさっそく、3人で乗っていました。やせるかどうか知らないけど、どうぞご自由にやってくださいな~。

表面上は平和だった我が家のお正月。今までにない穏やかな日々でした。けど、どうもスッキリしない・・・。明日、カウンセリングへ行くのでまた聞いてみようと思います。風邪も治りきってないけど、仕事も始まったし・・・頑張りま~す!

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お正月はどう過ごす?その2

どうでも良いようなことですが・・・我が家の暮れ・正月の過ごし方が決定しました!

大晦日のわたしの仕事がなんとクレームでキャンセルに・・・(泣)この件は次の機会に・・・それで、30日の夕方わたしの仕事が終わってから、夫と次女と3人で姑宅へ行くことに。長女はこの日お友達と遊びに行くので初めて一人で留守番です。

夫だけ一晩泊まったら、翌日の大晦日の午後、電車で家に帰ります。これで姑への挨拶は済み、お役完了?帰ったら夕方は長女と二人で年越しそばを食べに行くとか、元旦はお雑煮作るとか、例によってきっちり予定を組んでます。長女となら二人でもレイプの心配は・・・たぶんないと思います・・・。

次女は意外にも夫の実家へ行くのが嫌いではありません。景色もいいので行くまでのわたしと二人のドライブがお気に入り。家は古いけど広くて、姑は下で過ごすので、2階でゆっくり過ごしたいらしい。いつも狭い団地で不自由な思いをしているので、たまには夫や長女からも解放されたいんだと思います。わたしと次女は元旦の夕方に帰ります。

もともと長女はよそに泊まるのが苦手で、家にいたい方。次女は出かけるのが好きな方です。義父が亡くなってもうじき9年になりますが、亡くなった年はいろいろあるし、義母が心配だとか何とか夫が言うので、毎月のように実家に帰っていました。

義父が急に亡くなったので義母は精神的に不安定ではありました。行くたびにその波にさらされ、長女は「ばあちゃん大嫌い。早く帰りたい。」と言うので何度も説得し、海岸まで連れて行って「ばあちゃんのバカ~~!」と気が済むまで思い切り叫ばせて、我慢させました。知らず知らす愚痴が出ていたんでしょう。次女に「もうわたしにばあちゃんの悪口を聞かせないで・・・。」と言われたこともありました。

「子どもの頃からいつもばあちゃんのうちに行くのは嫌だったんだ。もう高校生だから行かなくても良いよね。」と長女。「なんであの子はいつも来ないんだい?」と義母は言うけど・・・長女はもう解放してあげたいです。

自分の実家なのに行くと必ず具合が悪くなる夫。今回は休みの初めに用を済ませれば後半は家でゆっくりできるので大丈夫かな?

「パパも一緒に行って良いですか?」と何度も次女に確認していました。「いいよ。」と答えていた次女ですが、夫のいないとき、「ホントはパパが一緒だと気を遣うなあ。また機嫌が悪くなったりしないかな?」だって。こんな気持ちにさせてしまってホントにかわいそうだと思います。

「最近機嫌がいいからきっと大丈夫だよ。何かあったらママが怒ってあげるから。」「そうだね、パパも少しは成長したかな?」「この前カウンセリングでも言われたけど、パパは育て直さないといけないんだって。直す努力はしてるみたいだから、きっと成長してるよ。大丈夫だよ。」

・・・今までのように、舌打ち、ため息、トイレとかでコンビニに寄るというと怒る、ふてくされてずっと目をつぶっている・・・なんてことは無いようにしたい。そんなドライブをずっと続けて来たんだから、夫と車に乗るのが怖いのも無理はない。今度、そんな風にしたら「じゃあ降りなよ。」と言えると思います・・・。

そんな私たちの気持ちを汲んでるつもり?の姑。「お正月早々家族がバラバラになっちゃうじゃない。わたしのためならそんなことしなくていいんだよ。」だって。長女が一晩一人で過ごすのも心配なんだろう。夫だけ正月に一人で来れば良い・・・って、それが嫌だからいろいろ調整してるんだよ~~。一人で実家に行って、帰って来てから荒れるのはもう耐えられない。そのくせ、「着いたらすぐに掃除手伝ってくれるんだろうね?」って、5時まで仕事だからその後出るって言ってるのに~~。

温厚な次女も姑の電話攻撃にさすがにウンザリした様子。冬休みだし受験勉強で家にいる時間が長いから、つい電話を受ける役割になっちゃうんだね。

「お姑さん、わたしたちが話し合って決めたんですから、もう気にしないでください。」と電話しておきました。「そう、それならいいよ。わたしは何も言わないよ。」だって。肺炎かもしれない、と大騒ぎしていた風邪もだいぶ治まったみたいだし・・・とにかく大過なく終えたいです。いつもそうだけど・・・わたしのお正月は姑宅から帰って来てからになりそうです~~。

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一応・・・受験生の母 続き

ブログを書いていたら、散歩中の夫から「今、○○公園にいます。これから帰るから朝食よろしく♪」とメールが来たので、やむなく中断しました~~。

最近土曜日の朝は元気いっぱい上機嫌で散歩に行き、朝ごはんモリモリ。娘たちだと用意してあげる気になるんだけど、夫だとめんどくさいのは何故?外面はいいから、顔見知りで挨拶するウォーキング中のおばさんとか結構いるらしいけど。

続きです。長女はそんなことで、志望の学部も定まったのでそろそろ本格的に勉強しなくちゃ、冬休みから予備校に通った方がいいかも?と二人で話していたのですが、いつものことながら現実には娘はちっとも動かない。どうしていいのかよくわからないらしい。

大学の入学案内は学校などで手に入れ、それなりに調べている様子だけど、予備校は手付かず。仕方なく、わたしがDMやインターネットでいくつかの予備校を調べ、仕事の帰りに下見して資料をもらってきました。

見て来た印象を話し資料を見せ、もう一度一緒に行って自分で決めたら?と話すと、「ママの感じたものが信用できると思うから・・・。」と言う返事。う~~ん・・・どうも、長女は親が先回りして道を示してやらないと進めないんだよね。ある程度指し示してやると、後は自分で決めてきちんとやるんだけど。

12月は修学旅行もあり何となく慌しいので、年内は申し込みや入会テストなどに当て、1月から通うことにしようか?と二人で決めました。2校行ったけど、片方はしょっちゅうDMが来て、わたしが行ったら担当の講師が詳しく説明をしてくれて、今すぐ受験勉強を始めた方がいい、とすごい勢いでした。もう一校は事務の女性があっさり資料をくれただけ。こちらは中学の部に次女が通っているのですが・・・難関大に挑むわけじゃないので、こちらでいいかな?と思案中です。

それにしてもやっぱり高い~~!!高校受験の塾もそうだけど・・・教育費って大変。いつも、ここで「夫とは別れられない。」と思っちゃう。わたしたちの時代はそれほどでもなかったし、まして我が家は母子家庭だったから塾も予備校も行きませんでした。そんな価値観だったから、長女を塾に入れた当初は抵抗がありました。そのときもボケボケしてる長女のお尻をたたき、わたしがあれこれ奔走して塾を選び行かせるようにしたのでした。

結果としては塾の講師の先生やお友達との良き出会いがあって勉強も頑張ることができ、進路についても学校よりよっぽど信頼して相談でき、わたしの塾への偏見は一掃されたのでした。長女の大学選びも塾での日々が影響しています。これには感謝。

次女は長女と違ってあっさりしていて、塾も別なところを自ら選び淡々と通っています。ここもまた高いんだわ~~。

長女とわたしの予備校の話をうなずいて聞いていた夫。特に反対する様子はなかったけど・・・最近は機嫌が良いし、とりあえずは娘たちにかかるお金に関しては何も言わないので、うまくおだてて黙ってお金を出させよう、と思います。夫も娘たちのために頑張ってることも確かだから・・・。

以前は「女の子はそんなにガタガタしなくても・・・いい男と結婚して幸せになればいいのさ。」などといっていました。自分が「いい男」で、わたしのことを幸せにしてるつもりなんだなあ、とあきれましたが、まあお金の面ではそれも一理あるか・・・とナットクし、「でもこれからの女性は仕事して自立しなくちゃ。」と娘たちが小さい頃から二人が希望すれば絶対大学まで行かせたいと夫に話してきました。

大学を出た所で大したことない見本がここにいる・・・とかわたしのことをさりげなく揶揄されたこともありました。わたし自身が卑下してしまったことも。こんな風に家庭に閉じ込められてしまったのは誰のせいだ?と心で叫びながら、現状を変えようと少しずつ自分の場を勝ち取って、ここまで来たのですが。

とりあえず、わたしがうるさく言わなくても娘たちが自分の進路を考えているので、なるべく希望に沿うようにしてあげたいと思っています。なんたって、長女の言い草。「わたしたちが大学卒業するまではお金が必要なんだから、パパとは別れないでね。」だもんね~~。

まだまだ教育費はかかりそう。とりあえずは働いてる夫に感謝。その中でひそかにわたしの蓄えを増やしていかないと・・・。

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一応・・・受験生の母

山茶花があちこちで咲き始めていますね~~。だいぶ寒くなってきたし・・・もうすぐ冬ですね。

ここ最近は娘たちの母としていろいろやってました~~。

中3の下の子は三者面談や授業参観・懇談会。塾での二者面談も済ませ、志望校は決定。第一志望はすぐ近くの公立で、抑えの私立も決めました。この私立がど田舎にあるんです~~。長女は塾の先生にその学校をすごく勧められたけど、田舎・・・と言う理由で別の学校を受験。ところが次女は「わたし、この辺に住みたい!いなかっぺ大将になる!」とか言っちゃって、至極お気に入りの様子。姉妹でも違うんだね。

今のところ、志望校は合格圏内に入ってるんだけど、人気校なので油断は出来ない。にもかかわらず、ここに来て次女は集中力が切れてしまったみたいで、どうにもやる気がない様子。部活動で忙しかったときも弱音ひとつ吐かずコツコツ努力して勉強していたのに、いざ勉強一本になったらどうもダメみたい。「何でこんなにやる気がでないのか自分でもわからない。」と昨日もつぶやきながら、ずっとゴロゴロしていました。

親としては焦る~~!長女の時は成績に波があり最後まで油断できなかったこともあるけど、この時期もっとシャカリキに頑張っていた気がするんだけど。初めての経験で精神的には結構きついんだろう。どこかに「もう私立でもいいや。」と言う逃げの気持ちもあるみたい。ここで、長女ならガツンと言えば騒ぎながらも根性出すんだけど、次女はまた対応が変ってきます。

何となくだけど・・・次女は少しウツ気味なときがあるんだよね。わたしと似ていて、全て自分の中で受け止め我慢してしまうから、本人なりに辛いんだと思います。「何にもしたくなくなるときがある。」と言ってたこともあるし。この子の場合は、見守るしかないかな?と思ってます。本当は「しっかりしなよ~!」とお尻をたたきたいところだけど・・・なるべく家にいる時間を増やし、見守って行きたいと考えています。親も不安だけどね~~。

次女のお母さん仲間も、けっこう煮詰まってる人が多いです~~。特に初めての子は大変だよね~~。親も落ち着きません。

長女の方も進路についての講演会がありました。2年生になってから志望する学部を自分で決めたので、二人で少し調べて大学を何校かピックアップ。なぜわたしが卒業した学部をわざわざ選ぶのかな~?わたしはあまり興味がなかったけど、やりたいこともなくただ大学に進学したかっただけなので、それじゃあまずいと資格だけ取った・・・そういうヒトなので・・・一度も勧めたことがないのに、長女がどうしても目指したいと言ってるのが不思議で仕方がない。まあ、出来ればわたしの母校へ行って欲しいとはずっと思っていたんだけどね。

続きはあとで・・・。

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思い過ごし?・・・認知症

たぶん思い過ごしなんだろうけど・・・一応記録のためにブログに書いておきます。

義母は認知症なんじゃないか?と思う出来事がありました。先日、我が家に来たとき、「何かあったらわたしの携帯に電話してね。」と言ったら、「あんたの携帯番号なんか知らないよ!今まで聞いた事もないよ。」と答えたのです。

??もう何年も前から携帯は持ってるし、携帯に電話くれたこともあるし・・・何でもキッチリしてる義母が忘れるはずはない、と思ったけど、「知らない」と言い張っているので、番号を紙に書いて渡しました。「ああ、これでわかったよ。」と受け取りました。

前日も以前夫に「太ってる」と言ってものすごく怒らせたことを「全く覚えていない。」と言い切っていました。その時も「あれ?」と思ったのです。

「ねえ、お姑さん、ちょっと変じゃない?」と夫に話すと、「そんな話、聞きたくもない!もともと頭がおかしいんだから、ほっとけばいいんだ!」と突っぱねられてしまいました。長女も「もともと普通じゃない神経の持ち主だし、自分に都合の悪いことは忘れてるだけなんじゃないの?」と言っていました。

そうかもしれないけど・・・このところの自分の考えへの異常な執着、変な頑固さは普通じゃないような気がしてきました。もしかしたら、気付かないうちに認知症が進んでいるんじゃ?先日帰宅した際に留守電に入っていた「今着きました。いろいろありがとう。さようなら。」と言う言葉も気になります。何となく・・・何となく変?単なる勘です。

気になって認知症について調べようと、図書館で本を借りてきたり、インターネットで調べたりしたけど、初期症状として「 身体的不調を訴え、イライラし気持ちが沈む(これはもともとだし)・ 怒りっぽく頑固になる」以外は特に当てはまらないような気がします。

やっぱり思い過ごしかな?ただ、義母のようにしっかりした性格の人ほど認知症になりやすい、と何かで読んだことがあるように思います。それと、今日仕事で伺った利用者さんに旅行のエピソードを話したら、義母の言動が普通と思えない、もしかしたら認知症なんじゃないか?似たような人を知ってるから、と言われたのが気になってるんですね~~。

あの言動が病気から来ているものならば、許せるような気もします。どちらにしてももう義母を世話する気力はないです~~。今は声も聞きたくない。

「お姑さんを見捨てたら後悔するわよ。お姑さんに介護が必要になったら、あなたはお仕事を続けてお姑さんはプロに看てもらうことね。」利用者さんに言われました。事業所の先輩にも同じことを言われたっけ。何となく理解できます。介護の仕事は嫌いじゃないし他人だから優しくもできるけど、義母を介護したらいずれ憎んで殺してしまうかも・・・そうならないために距離を置くしかないと思ってます。そんなにうまくいくかわかりませんが・・・。

我が家に着いた日に娘たちに小遣いをあげると言ってたのに、忘れて帰ってしまったのも義母らしくない気がします。長女とケンカしたから「もうやらないよ」と思ったのかもしれませんが・・・。

全くの思い過ごしかもしれませんが、少し様子を見ていたいと思います。顔も見たくないけど、たぶん暮れには行かないといけないんだろうなあ・・・。いやだよ~~。

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いわきへ旅行

彼の顔も一目見て来たし、これで安心して旅行へ出発・・・のはずだったけど・・・。

何度もこのブログでも紹介しているけど、義母は夫を作り上げた張本人、「毒になる親」の典型。うまく説明できないけど・・・とにかく口うるさく、周囲の人の行動に全部口をさしはさみコメントするので、一緒にいると心が休まる時がない。とてつもない過干渉、その上すごくワガママ。そのくせ、自分に自信がなく虚栄心が強いので、友人などの言葉に影響を受け右往左往。家族の言うことには耳を貸さない。本人は自称「朗らかで能天気。腹には何もない。」自分は良い人だと自負しているようだ。

出発前、着替えてる長女に向かって義母の一言。「ホントに体格がいいねえ。」沈黙が走った。「おかあさん、年頃なんですからそういうことは言わないでください。」「別に良いじゃない。体格が良いから良いって言ったんだ・・・大体・・・」「うるさい!!」長女が叫んだ。

ああ~やっちゃった。たぶん、前日の夜、わたしが彼の病院へ飛んでいってしまい、次女も塾でいなかったから、夕食時にひとりで夫と義母の相手をして疲れてしまったんだろう。長女にはすまないと思った。でも、後悔はしていない。

長女の怒りが義母には通じない。わたしが二人をなだめようとすると、今度は「自分が悪くないのに責められた。たまに来た年寄りに優しくもできない、酷い嫁と孫だ。別に自分は旅行なんか行かなくたって良いんだ。もう今から田舎へ帰る。」と言い出した。その上、「せっかく小遣いをやろうと思ってたのに、そんな態度じゃやらないよ。」「お金なんか要らないよ!」長女が言い返す。

長女も「もう行かない。」と泣き出した。今回の旅行を誰よりも楽しみにしていたのに。義母も目を赤くしている。次女は何も言わない。

ホントにイヤになる。もう義母と関わりたくない、と思う。以前、義母の家に行ったとき、顔を見るなり夫に「太ってる」と言って激怒させたことも全く覚えていないと言う。あの時も二人の間に入って大変な思いをした。結局夫が折れたのだが、義母は「お前なんか帰れ!」「なんだまだ帰らないのか?」とうそぶいていたっけ。

長女も引っ込みがつかない様子だし、わたしとしてはせっかく計画したので行きたい。夫は自分の部屋で騒ぎを見守っていたので、「しょうがないから○ちゃんは置いて行って良い?」と聞いてみた。「ママが説得するしかないだろ。もう、早く4人で出かけてくれよ!!○○が家に残ってもオレはメシも作らないし面倒も見ないぞ。」誰も面倒見てくれなんていってない。その場で二人をいさめ、リードしてくれるなんてもちろん期待していなかったけど・・・ある意味予想通り?の反応だね。夫にとっては他人事。逃げるのみ、それどころか「側にいるオレが嫌な思いをさせられた。」となりそうだ。

結局二人の気持ちが収まるのを待ち、気まずいながらも出発したときはもうお昼近くなっていた。「みんなで出かけるのはこれで最後にしよう。」誰からともなくそう言っていた。夫が一緒でなくてホントに良かったと心から思った。

そんなんで福島・いわき湯本温泉の旅館に着いたのは午後4時過ぎ。水族館「アクアマリンふくしま」も「石炭化石館」も行けずじまい。旅館もこじんまりしていたけど感じが良く、温泉で温まり、夕食は海の幸が豊富でおいしそうだったけど、わたしは彼がひっそり寝ていた顔が頭から離れず味を感じなかった。「楽しんで来なよ。」と言われたんだけど。また、刺身好きな夫がいたら大喜びで全部平らげただろうとも思う。何かバカみたいだ。

翌日は「スパ・リゾート・ハワイアンズ」に行ったけど、プールにも入らず、温泉も旅館でたくさん入っちゃったから、あまり意味がなかったかも?中はとにかく暑かった。ハワイなんだから当然だよね。それに階段が多くて歩くところがたくさんあった。ブラブラして、大露天風呂の近くのおそば屋さんで昼食を取り、午後1時半からのトロピカル・フラショーを見た。ショーはきれいで良かったよ~~。映画「フラガール」に出てきたダンスもあった。帰りに常磐道のインターのところで、当時の送迎バスを再現した「フラガール号」も見ることが出来たし、それなりに楽しく過ごすことができたんじゃないかと思う。長女も「何だかんだいっても楽しかったね。」と言ってくれた。

その後、義母は二晩泊まって帰ったんだけど、今度は夕食時の夫の不機嫌さを怒っていた。わたしや娘たちにとってはいつものことで、それほど酷くないと感じてたけど、義母は怒り心頭だった。「なんだいあれは!わたしがいるのがそんなに気に食わないのか!何であんなに不機嫌なの?話しかけたって返事もしやしない。」そのくせ、夫に直接言うことはできないらしい。

「以前話したでしょう?いつもあんなふうなんです。わたしたちがどんなに大変な思いしてパパと暮らしているか、わかりますか?もう20年近くずっと悩んで悩んで、でも良い所もあるからと、今のところ一緒にいるんですよ。」わたしの気持ちなんか義母にはわからないだろうけど、一応話してみた。夫がそんな風になった原因は全て義母のせいだと思ってる。アダルトチルドレンって言葉、知ってますか?のどまで言葉が出かかったけど、どうせ何を言っても義母は今さら変らない、かえって逆ギレするだけだ、と思って何も言わなかった。

「わたしの育て方が悪かったんでしょうね~~堪忍してください。」おどけながら言う義母の顔はもう見る気もしなかった。そんなこと、全然思ってないくせに!心にもないことなら言うな!

「これに懲りずにまた来て下さいね。」帰りのバスに乗り込む義母を笑顔で見送りながら、心の中は冷たい気持ちだった。もう、うちには来るな!義母とはどこへも行かない。勝手に誰かと行けばいい。たぶん、夫の姉夫婦以外は誰も相手にしないだろう。わたしももうイヤだ。

「無事に駅まで送っていきました。」と夫にメール。「お疲れ様でした。○ちゃんが怒ったのは良い薬になったことでしょう。ちょっとかわいそうだったけど。」と返信が来た。はあ~かわいそうなのは自分の親の方か?「たぶん、自分が悪いなんて反省してないと思うよ。」と返信した。かわいそうなのは娘たちとわたしじゃないのか!お前はどこまで逃げるんだ!とつかみかかりたくなった。

ついでにその前の晩の出来事、嵐だったのでバイト先まで長女を車で迎えに行った。次女も一緒に行く、と言うと、「またパパは一人なのね。」と夫がつぶやいた。車の中で長女にメール「パパは遠くに行きます。さようなら、さようなら、さようなら、さようなら・・・(続く)」

「キモイ~~ストーカーかよ!!」(長女)「わたしとママが相手しないからじゃない?」(次女)「あの親子、もう面倒見られない。どうにかして!」(わたし)これのどこが「病気ではありません。」なんだ?とカウンセラーに聞きたい。お金をもらってなかったら即刻別れてる。「元気出さなきゃやってられないね!」と3人で娘たちの最近はまってるアイドルのノリの良い曲をガンガンかけて、雨の中を帰って来た・・・。

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自立・・・を考える。

夫が研修から帰る晩、娘たちと3人で外食に行った。食べてるときは楽しかったけど、のんびりしている長女に対し、わたしと次女は何となく落ち着かない。帰りは遅いと言ってたけど、予想外に早く帰って来ていたらどうしよう?何度も携帯を見るけど、夫からは一切連絡はない。

団地の駐車場に着き、部屋の電気がついてないことを確かめ3人ともホッとする。

「やっぱり、ついかわいそうになっちゃうんだよね。」と、何の脈絡もなく長女がつぶやいた。「もしかしたら、わたしが一番パパを嫌ってるのかもしれない・・・パパがいないとき、気持ちが生き生きするし・・・。」次女が言った。

毎日毎日、かわいそうな思いをさせてしまってるんだなあ・・・と心底哀れになった。「○ちゃんと☆ちゃんは早く家を出た方がいいかもしれないね。」初めて、そんな言葉が口に出た。

先日、知人にアドバイスを受けた。3年ほど前に知り合った方で、わたしより10歳ほどお姉さん。夫さんの借金と精神的暴力に長年苦しんできたそうだ。昨年、突然夫さんが心臓発作で他界。悲しみも深かったけど、ホッとしたそうだ。「これ以上借金しないで亡くなってくれてありがとう。」と言う気持ちだったとか。その後、26歳の娘さんと気ままな二人暮らし・・・のはずが、今年になって娘さんはうつ病になってしまった。現在心療内科にかかっているけど、子どもの頃からの家庭内での緊張感が原因だと言われたとのこと。

知人も夫さんからの度重なる暴力に自分を守るのに必死で、娘さんの心まで守りきれなかった・・・と悔やんでいた。夫さんは普段は優しくて良い父親、娘を溺愛していたそうだ。それが時に豹変。怒鳴りまくり、家の中の物に当たり、暴れまくったという。

知人から「一日も早く娘さんたちをお父さんから解放してあげないと、うちと同じようになるよ。少しでも家から離れ、お父さんのことを考えないで済む時間と空間を作ってあげるべき。娘さんたちと離れるのはお母さんも辛いだろうけど、子供にとって何が一番大切かよく考えて。お父さんを憎み家を飛び出さなくても、進学と言う形で自然に家を離れて行ければベストじゃない?」とアドバイスされた。

彼女の娘さんは思春期には猛反発し遊びまくり、良かった成績もがた落ち。それでも、女の子だからと夫が一人暮らしは許さなかったそうだ。ようやく落ち着いてきたと思ったらうつ状態になり、母子二人の生活で衝突が絶えず、近くにアパートを借りて別々に住むことを考えていると言う。心療内科の先生に信田さよ子さんの書物を勧められ、今読んでいるそうだ。

このところ、長女が大学進学の志望校選びなどしているが、経済的なことを考えてもわたしは自宅通学しか頭になかったし、多少遠くても通わせるつもりだった。長女は友人たちと「一人暮らししたいね。」とよく話題に出るらしく、独立したいようなことを行っても取り合ったことがなかった。

でも、知人の言葉には説得力があった。いつまでも娘たちを夫への愚痴のはけ口にしていては、夫以上にわたしはひどい親だと思う。娘たちを良い形で解放させてあげるチャンスだ。これから娘たちの進路を相談しながらよく考えて行こうと思った。お金の心配はあるけど・・・心の安穏には代えられない。わたしのことはそれからだ。

でも、今まで家族4人の世話に追われていた生活が変ってきて、やがて一人になった時・・・その寂しさに自分が耐えられるか?今のところ、自信がない。子どもの頃の一人だった寂しさがよみがえる。娘たちが自立しても夫が残るけど・・・娘たちというクッションの存在がなくなった後も、毎日わたしを苛める人と一緒に暮らしていけるだろうか?今すぐ、どうこうという事じゃないのでゆっくり考えよう・・・でも、意外に早く道は開けるかもしれない・・・そんな気がする。

「一人暮らしも考えてみようか?」と言ったら、長女の顔が急に明るくなった。次女も将来留学したいと言い始めてる。夫とも相談しなくちゃいけなくなるだろうけど・・・娘たちの希望をかなえ、守ってあげたいと願う。わたしもいつまでも娘たちに頼っていないで、自立しなくちゃね。

今日は夫は夕方から自分の部屋で飲み始め、夕食だと呼んでも寝ていて居間に来なかった。3度呼びに行ったけど来ないから片付けてしまったら、1時間半ほどして起きてきて、手伝おうとするわたしに「いい!」と言って、舌打ちしながら自分の食べる分を部屋に持っていった。その後はCDの大音量。トイレのドアをおきな音で閉める・・・。

次女は夕食直前に寝てしまって、2時間ほど経ってから起きてきて後で一人で温めて食べていた。いつごろからだろう?次女は夕食時になると、寝てしまうことが多くなった。学校で疲れてる・・・だけでなく、無意識に夕食時の緊張感から逃れようと防衛する行動なのかもしれない。食事しようとして、お気に入りの次女が寝ているのを見ると、夫はガッカリして機嫌が悪くなる。そして起きている長女とわたしに、「お前たちなんかに用はない。」といわんばかりに冷たい視線を投げかける。

「夕飯だから起きなさい。」と叱る気もしない。夫も勝手な時間に来るし、わたしも時には用があって夕飯を用意し出かけてしまうことも週に1・2回はある。長女もバイトのときもあるし、次女も寝ていない日は塾でいない。バラバラなんだから、もういいや・・・そんな思いにさえなってしまう。いっそのこと、夫は家で夕飯食べないで欲しい、とさえ思ってしまう。もう、夕食の緊張感はたくさんだ。

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日帰りでお出かけ~八景島シーパラダイス

一昨日、横浜の八景島シーパラダイスに娘たちと行って来ました~。数日間は時間が空いたらなるべく寝るようにしていたので、体調もだいぶ回復。

今年は4人での家族旅行をやめたので、3人で日帰りでのお出かけを計画したんですが、長女のアルバイト、次女の夏期講習、わたしも仕事が結構入っていて、なかなか3人の予定が合わなくて大変でした。夫・・・「オレは仲間はずれか・・・。まあ、どっちみち行かないけどさ。」だって。ちょっとかわいそうな気もしたけど、わたしと娘たちだっていつまで一緒に出かけることができるかわかんないしね~~。

以前は夏休みは姑も一緒の旅行でした。それが数年前からは「ばあちゃんは嫌」今年からは「ばあちゃんは問題外。パパも嫌。」となってしまいました。成長して親とは一緒に行動しなくなった・・・それだけじゃないんだよね。夫や姑に悪いなあ、かわいそうかなあ・・・と言う思いは口に出さなくても心から離れない。それは3人とも同じだと思います。でも、いつも気を遣って無理に楽しくするのはもう嫌だな、もういいよね、と言うのも同じだと思います。八景島行きを決めてから3人が誰ともなく、そんなことを言ってはお互いに納得していたような気がします。

割り切って切り捨てて楽しんじゃえば良いんでしょうけど・・・「罪悪感」を植えつけるのが彼らのやり方。でもそれにとらわれてたら、自分たちが楽しめない。重い気持ちを振り切って出かけ、実績?を作って少しずつ自分たちの場を勝ち取ってきたんだよね~~。はあ~こんな思いしてまで出かけることないかなあ・・・と言う気持ちがいつも頭をかすめますが、エネルギー振り絞って出かけました~~。家を出てしまえばこっちのもの。

運転歴は20年以上なんですが、県外にあまり出たことがないわたし。「チャレンジしよう!」との娘たちの声に押され、今回は車で出かけました。自家用車で高速道路に乗った事がない娘たちは大はしゃぎ!!何とかスムーズに2時間かからずに到着しました。ちょっと自信がつきました~~。

この日は夏らしい良い天気。海風のせいか思ったより暑くなくて、景色も最高でした。アクアミュージアムでは、4頭のシロイルカのショーを見て感激!!新人の2頭はまだあまり芸が出来ない様子でしたが、とにかくカワイイ~~!!シロイルカを見るんだ~~とずっと騒いでいたわたしなので大満足。数年前、次女と団地の自治会で来たときとはショーの内容が少し変っていましたね。アザラシもかわいかったです。いつか、また成長したイルカさんたちを見に行きたいです。

プレジャーランドでも少し遊んで、おみやげも買って・・・ぬいぐるみ大好きな3人ですので、着いたとたんに売店に走っていってぬいぐるみに囲まれて大喜びだったんですが・・・なぜかシロイルカではなく白アザラシのぬいぐるみを買った次女。大小セットだとお安いですよ~~と勧められたけど、これ以上ぬいぐるみが増えたら寝るところがなくなっちゃう!小さいほう(っても結構デカイ)を抱っこして帰りました。忘れそうになったけど、夫にも小さなストラップをお土産に買いました。

帰る車の中でも翌日も新顔のアザラシのぬいぐるみをずっと抱いて、勉強するときもひざに置いている次女。中3なのに・・・とも思いますが、いろんな辛い思いをぬいぐるみで癒しているのかな?と思ってそっとしています。長女も次女ほどではありませんが、自分の枕とお気に入りのぬいぐるみがそばにないと眠れません。

ぬいぐるみにはみんな名前がつけてあります。ピコピー☆もそのひとつ。イチゴを持ったひよこのぬいぐるみで、いつも長女のベッドにいます。新顔のアザラシにも名前がついたようです。以前八景島に行ったときに買ってきたベルーガ(シロイルカ)のぬいぐるみは「ベル子」と名づけられています。いつか卒業するんでしょうけど、ぬいぐるみたちは娘たちの大切なお友達だから・・・と思っています。

それにしても・・・「何時に帰ってくるの?」とのいつもの質問以外は、わりに穏やかに「気をつけて行っておいで。」と出勤していった夫。出先にメールも来ないし今回は良いかなあ?と喜んで帰ってきましたが、「もうすぐ着きます。」とのメールにもお返事なし。家に着くとまだ真っ暗。わたしたちより少し後(9時過ぎ)に帰って来ました。

「おかえり・・・」と出迎えると「はあ~疲れた。」と無言ではなかったけど、ちょっと不機嫌。夕飯は食べてきてとお願いしてあったのに、食べてないと言う。そう来たか!じゃあ急いでそうめんでも作ろうか?と聞くと「いいよ、いらない。何も食べない。」だって。気持ちよく?送り出してくれたときは、気持ちよく迎えてはくれない。やっぱりコレだよ~~。わたしたちが出かけたから夕飯食べる気なくなった?というメッセージなのかな?何度か聞いたけど食べないって言うからほおっておきました。

「楽しかったね~~。」と娘たち。わたしも楽しかったです。こんな時間が持てたことに娘たちに感謝!!次は来週3人で「ゲド戦記」を見に行く予定です。宮崎作品は正直言ってあまり好きじゃない・・・んだけどさ~長女に付き合って来ます~~。いつまで一緒に行動してくれるかはわかりませんが、夫には悪いけど娘たちとの時間を大切にしたいと思います。

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引退の夏 その1

17・18日と、次女の試合の応援に行ってきました。3年生はこの大会が終わると引退。最後なので、初日は長女も一緒でした。

一日目は個人、2日目は団体戦。卓球のルールもようやくわかってきた感じ。個人戦では、次女は最初ガチガチでしたがどうにか2回戦は勝ち、3回戦で敗退。団体戦は2回戦で優勝候補の学校と当たり、粘りましたが惜しくも敗北。次女は相手のキャプテンと対決。いや~役者が違う・・・構えとかスピードとか気迫とか・・・相手チームは監督らしき人が怒鳴りまくってたけど、うちの方は顧問の先生がめずらしく選手の傍で応援してる・・・みたいなのんびり状態。

団体戦が中学最後の試合だから、負けて号泣してる子はあちこちに。次女は淡々としてるように見えたけど・・・最後は3年生だけでスクラム組んでました。あまり仲が良かったとは思えないメンバーで、次女はキャプテンとしてのまとめ役は大変だったと思う・・・あまり愚痴もこぼさず、やせっぽちで体力もないのに練習はほとんど休まずに、黙々と努力し頑張った2年半でした。本当にお疲れ様!!

「それにしても卓球って孤独だね~~。」とはじめて試合を観た長女。長女は中学のとき、ソフトボール部でした。親が観に来ると集中できない・・・と煙たがる次女と違い、いつも見ていて欲しがった長女。2~3年は練習試合の送迎と応援にたくさん行きました。ソフトのような団体競技とは確かに違うよね。

2年前、1-0で9回裏2アウト。走者が出ていて、ここで一打逆転のチャンス。大声援の中でプレッシャーで頭が真っ白になり、三振で散った長女中3の夏。チームを引っ張った強打者だったのに・・・。今思い出してもかわいそうで涙が出ます。

「自分の精神的弱さのせいで負けた。どうせなら当たって砕けて負けたかったのに、手が出せなかった。自分のせいでみんなの最後の試合が終わっちゃった。」夜中に一人さめざめと泣く長女に、親として何を言ってあげればよいかわかりませんでした。

そんな長女の心を励まし支えてくれたのもソフト部の仲間たち。みんな、いまだに仲良くしています。感謝!でも、この季節になると、あのときの物悲しい思いが胸を通り過ぎます。「でも、だんだんいい思い出になってきたよ。」と長女が一言つぶやいていました。

そんな長女と違って、次女のほうは大きな衝突はなかったものの決して「仲良し」とは言えないメンバーだったと思います。子は親の鏡と言うけれど、今回、保護者からの差し入れの件でわたしゃ偉い目にあいました~~。続きは次回に。

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今日は面談

長女がアルバイトを始めたため、夕食時に不在の日が増えました。次女も週3回塾に行ってるので、一昨日昨日と夫と二人で夕食。娘たちがいない方が気兼ねしなくてリラックスできるみたいです。

夫いわく・・・「男には『虫の居所』というのがある。」んだそうです。メンスならぬ『オンス』も・・・。う~ん、それでとばっちり受ける方はたまらない・・・しかも20年近く・・・と思ったけど、せっかく機嫌が上向きになってきた本人には言えませんでした。少し穏やかになると許しちゃう自分が情けない。

長女はイタリアン系のファミレスでアルバイトを始めました。以前は和食系のファミレスで厨房にいましたが、店長がモラ気味でクルーに当り散らしたりするので、あまり楽しくなったらしい。今度は店長が女性で良い人のようです。また、フロアー担当なのでいろんなお客さんがいて面白いらしい。立ちっぱなしが辛いけど、今のところ、楽しく通っています。

何よりも夫から逃げられる時間が出来たのが良かったと思います。夫は食事時以外はほとんど部屋にこもってるんだけど、長女は最近は夫を毛嫌いしていて、いるだけでイヤみたいで・・・夫の足音を聞くだけで「ケッ!」とか言ってます。これじゃあ、誰かさんと同じじゃないの~~??何はともあれ、とにかくお互いに離れている方がいいと思います。年頃の娘がお父さんをウザがってる・・・なんてもんじゃないからね~~。

今日は下の子の学校の三者面談です。夏休みを前にして、上の子も高校の二者面談、下の子も進路説明会、塾の個人面談もあったし・・・お母さんは忙しい~~。

夫は子供の進路には無関心でもないんですが、「娘たちが何も話してくれない。」とこぼしていました。「どうせ女の子だから・・・」とつい口に出てしまい、そのたびにわたしが怒るもんだから・・・「ママは不満だろうけど・・・」と必ず付け加えながら、控えめに自分の意見を言っています。それによると、娘たちには無理はさせたくないし、楽して合格させたいんだそうです。

一昨年、長女が公立高校の推薦入試に落ちた時、泣いている長女に冷たい言葉を投げつけ、「入試に落ちた娘を持ったかわいそうな父親」になってしまい、「生きてても何もいいことがない。」とフテ寝していた夫。当事者の長女より、夫に気を遣って疲れちゃったっけ。はあ~入試の時期、また落ち込まれたらいやだなあ・・・。

結局、その後一般入試で合格を勝ち取り、推薦で落ちたあと頑張った2週間が自分の財産になってる・・・と娘は今でも話しています。

そのことを何度も話してるのに、下の子には「落ちたらかわいそう。見ていられない。落ちないところ、確実なところだけ受ければいい。」の一点張り。気持ちはわからないでもないけど、結局何かつまづいた時に、夫自身が受け止められないんだよね~~。わたしとしては結果オーライなら良いし、辛いことも乗り越えればよい思い出になるし、生きていく力になると思うんだけど・・・いくら言っても、夫の心には響かない様子でした。

最終的には「子供たちの進路はママに任せるよ。」だって。まあ、その方がイイや。そのくせ、わたしが一人で仕切ってるみたいに、「ちょっと待て!誰が金出すと思ってるんだ?」とか言ったり・・・まあ聞き流してほっとこう。とりあえず、元気に働いていてください。

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生きたい・・・。

「ああ~~生きてるのがイヤになっちゃった!」先日、彼がわめいていたけど・・・今度は誰だ~~?

電話で愚痴っていたのは姑。姑がまた例によって病気モード・・・「あっちが痛いこっちが痛い→もう一人で暮らせない」と騒いでいるのは、何回か前のブログに書きました。持病があるため、痛み止めの強い薬を飲んでいます。少し具合がいいので、前回の検診のあと、少し薬を減らしてもらえた・・・とたんに痛みが来たらしいんですね。耐えられないほどではないので、我慢して薬は減らしたままにしたい・・・と次の検診まで頑張っていたんですが、今回の検診でまた薬の量は元に戻ってしまったそうです。

痛みは本人でなければわからないので気の毒にも思いますが、それ以上に騒ぎがスゴイ。朝とか気分がすぐれないと、「様子を見に来て欲しい。」と電話。私も仕事とか予定もあるから、「じゃあ、○○日に行くね。」と言うと、その頃には「少し調子がいいから、やっぱり来なくていいよ。」こちらは予定もしていたし、行く気になってるから行くよ、と言ってるのに、自分がいいと思ったら頑強に「来なくていいよ。」まあ、忙しいのに悪いと思ってるのかもしれないけど・・・。

その舌の根も乾かないうちに翌日「やっぱり来て欲しいわあ。わたしは、痛くってぞうきんも絞れない。掃除も出来ないんだよ。」「そっちに行けば良いんだろうけど、痛くて駅までカバンを持って行かれないし。」何なんだよ~~自分勝手は今に始まったことじゃないけど、振り回すのもいい加減にして欲しい。

迎えに来て欲しいってことかな?とも思ったけど、少し良くなってきてるけど、夫は不機嫌モード中だし、こちらに来て引っ掻き回されたらたまらない。「お姑さんが、わたしが行くって言う日に来なくていいって言ったんでしょう?」と言ってやった。

「そりゃわかってるけど、わたしは一人で暮らして頑張ってるんだよ。」「あんたの仕事の休みはいつなの?出来れば、子供も連れて来て欲しいねえ。顔も見たいし。」と全然懲りてない。

その後は薬についてずっと愚痴愚痴・・・薬が減らないのは不安だ、でも痛いのはイヤだ・・・「一進一退なのは仕方がない、難病の一種なんだから。少しずつ良くなってくるよ。」と慰めたあげくの答えが、冒頭の「ああ~~生きてるのイヤになっちゃった。長生きしたってろくな事はない。」だそうです。生きてるがイヤどころか、生きたくて生きたくてしょうがない。「生きてるのがイヤになっちゃった・・・」てのは、「生きたい」との心の叫び。まあ、そんなふうに言ってられるうちは、まだまだ余裕だよね。本当に苦しかったらそんな言葉も出ないと思う。姑は甘ったれだからね~~。(彼もね)

トシとったら、どこかしら悪いところがあって当たり前、病気や痛みとも付き合って過ごすしかない、なんてのは姑の辞書にはないんでしょう。少しでも具合が悪いのはイヤ。本音は誰だってそうだろうけど・・・年中騒ぎまくり、そのくせ人の話なんか全然聞かない。お年寄りってそんなもんかな?わたしの母は逆によっぽどひどくならないと何も言わないんだ~~。とりあえず、姑は幸せな人だとつくづく思います。

いつも愚痴っちゃってすみません~~これが利用者さんとか他人だと、全然対応が違うんでしょうけどね。どうも、身内はダメです。電話で適当にあしらって、なるべく知らんプリしていようと思います。自分がつぶれてしまうもん。

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夏休みの計画

まだ梅雨は続くんでしょうけど・・・つかの間の晴れ間、暑いですね~。わたしは暑さが苦手なので、これから心配です。

とは言うものの、暑くなってくるとそろそろ夏休み・・・「今年は家族旅行どうするの?」と先日長女に聞かれました。

今年は次女が受験生。夏休み初頭の総体が終われば、塾の夏期講習が目いっぱい。長女はアルバイトを始めてるし・・・。でも、行く気になれば2日くらいは予定を合わせられない事もない。そろそろ予約入れないと・・・とは言うものの、何だか気乗りしません。

娘たちに意向を聞くと、義母と一緒は問題外、夫とも行きたくない・・・と言う。次女「ホントは温泉とかに行ってホテルに泊まりたいけどさ~。パパが一緒はイヤだなあ・・・。」かといって、さすがに「3人で行きたい。」と夫に言うのは気の毒だと言う。長女「わたしもパパと行く気にならないなあ・・・ってことは、家族旅行は去年で終わりってことかな?」

去年は4人で北海道へ行ったけど、行くまでゴタゴタしたのは前のブログにも書きました。予約したときはその気でも、出かけるとき機嫌がよくても、いつどこで豹変するかわからない。「やっぱり行かない。」「行きたくない。」と出発前にゴネたり、着いた先で不機嫌など。

昨年は最終日に札幌・大通公園で「暑い」とか言って不機嫌になりました。行き先も人任せでそのくせ気に入らないと不機嫌。前回の札幌と一昨年の浜名湖はホテルが気に入ったらしく、上機嫌だったけど・・・いつも夫の機嫌に振り回され、気を遣いながら過ごしたような気がします。

毎年のいろいろな思い出が、今さらながら「楽しい」ものではなく「夫に気を遣って辛かった」「努力して楽しいものにして、そう思い込もうとしていた」ことに気付き、ウンザリしました。

どこかに行きたい~~でも、夫とは行くのはもうやめようかな?娘たちと予定が合わないとか、予約が取れないとか言い訳しよう!

長女「遠くに行かなくてもいいよ。この夏は頑張ってバイトするし。3人で外食でもしようよ。」次女「出かけたいけど、暑いしね。」・・・わたしとしては、たまには日常を忘れてリフレッシュしたい気持ちはまだ捨てきれないけど・・・別の機会を待ちましょうかね?

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自分自身を奪い取られる

月曜日、姑から電話。「今朝から肩と首が痛くて動かない。これが続くようだともう一人暮らしできないかも。」うちにかける前に、夫の姉にも電話し、様子を見るようにいわれたという。

翌朝電話したら、もうすっかり病人モードの声、これから夫の姉が迎えに来ると言う。「2・3日お世話になるから。」とのこと。見ていないので様子がわからないけど、痛いのは肩と首だけで、歩くには支障ないし食欲もあり血圧も正常だと言う。まだ痛くなって2日目、少しくらい日常生活が不便でも仕方がないと思うけど・・・何でそれが「一人で暮らせない」となるんだろう?

たぶん、義姉の家には数日しかいられないから、その後は直らなければうちに来るしかない。家族のいろんな予定が頭の中をグルグル回る・・・ようやく「今週はみんな忙しいからsんなにお世話できないけど、良くならなかったらうちに来てください。迎えに行くから。」と口に出したけど、心は真っ暗。

嫌だ嫌だ、何でこんなに嫌なんだろう。姑の顔はおろか声も聞きたくない。何てひどい嫁だろう。人間として失格だと思う。姑はそんなに悪い人ではないのに。でも、ただただイヤでたまらなかった。

午後になり時間が経つと、心の嵐が少し治まってきた。しょうがない、様子によってはうちにしばらくいるしかないだろう。予定の組み換えなどを頭で考える。

夜、帰ってきた家族に姑が義姉の家に行ったこと、数日後には迎えに行かなくてはいけないかも、と話す。長女「それって嫌だね。」次女「ええっ??死ぬし~。」夫「悪いけど、オレ、仕事が忙しくてそれどころじゃないから。」夫の言葉はちょっとカチンと来たが、みんな同じ気持ちだとわかって心底ホッとした。わたしだけが鬼じゃないんだ。一度は「イヤだなあ。」と思い、その後自分の気持ちに折り合いをつけ、姑を受け入れる心の準備をする。みんなそうだと思う。

心騒ぎながらも布団を干したり、いつ迎えに行こうかなどと考えていたけど、木曜日まで電話が来なかった。金曜の夜、義姉に電話したら「昨日、家に送っていきました。今日電話したらやっぱりあまり具合が良くないみたい。家にいるから電話してみて。」とつれない言葉。

姑の家に電話したら、「具合は悪いけど、どうにか一人でやっていけそうだから。様子を見てまたいけなかったら、そちらに世話になるよ。○○(義姉の家)にばかり行くわけに行かないし。」と平然としている。先日の騒ぎは何だったんだろう?またやられた。しかも、こちらが心配し迎える準備をしてるのに、姑も義姉も帰ったとの連絡すらよこさない。

とりあえず来なくて良かった・・・と安堵してもいられない。2・3日してまた具合が悪いと言い出せば、こちらの都合に関係なくまっすぐ我が家に来ることになるのだ。長女も同じことを考えていたらしい。「ママ、安心しちゃダメだよ。」だって。

いつも姑の騒ぎに振り回され、心を乱され疲れてしまう。今回も夫や娘たちが予想していたように、「病人モード」「思い込み」で大したことはなかったんだろう。寝込まれて介護するよりはいいのかもしれないけど、こんなふうに心を乱されることも、「支配」「操られている」と感じるわたしは被害妄想かなあ?

お酒を飲んで機嫌よく帰った夫に、「お姑さん、家に帰ったって。お義姉さんもお姑さんも電話一本よこさなかったよ。」といきなり投げつけてしまった。「文句言いたい気持ちはわかるけど、オレに言われたって困るよ。」と夫。「だってパパだって心配していたでしょう?」と言ったけど、夫は無言でテレビの方を見てリモコンを動かしていた。

何で姑や義姉に「電話くらいしてくださいよ。」と言えなかったんだろう?(姑には先に「電話しようかと思ったけど、別にいいかと思ってさ~。」と言い訳され、何も言えなくなった。)夫に「あんたの親のことだろう?知らんぷりするな!」となぜ言えないんだろう?砂をかむような思いが胸に広がる。心の中で「もう絶対姑の面倒は見ない!」と叫ぶ。夫の顔も見たくない。夫も辛いとは思うけど、やっぱり姑は嫌いだ!夫も嫌いだ!

ああ~~愚痴っちゃってすみません。いつまでこんな思いが続くんだろう?わたしの人生は夫と姑に支配されている、そう思えてならない。甘え依存され振り回され、心の中まで踏みにじられている・・・。それでいて二人が死んだら、わたしは大泣きするんだろうな。そこまで自分自身を奪い取られてる・・・。

考え過ぎかもしれないけど、感じるままを綴ってみた。この辛さから抜け出るにはどうしたらいいんだろう?「自分のために生きる」そこにキーワードがあるのかな?

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お片づけ

風邪がなかなか抜けません。少し良くなったかなあと週明けフルに動いたら、夜になって頭痛と吐き気に襲われダウン。いや~トシなのかなあ?普段無理しすぎてるのかな?

そんなんで、このところなるべく早く寝るようにしています。狭い団地で私は居間に布団しいて寝てるので、娘たちが起きている間はテレビはついてるし、娘たちがわたしの布団をまたぎながらウロチョロしていたり、布団の足元の方に寝転んでいたりしますが、もうしょうがないや・・・と。

でも心がけてみると、意外に寝る準備って早く出来るもんなんですね。再発見!!です。今まで、娘たちの夜更かしに付き合っていたずらにズルズル起きていてうたた寝したりしていましたが、それって良くなかったなあと反省。わたしが早く寝ると、娘たちも少し早く寝るんですね。この習慣を少し続けていきたいと思います。

たぶん、今回まいっちゃったのは春休みに姉のうちの片付けに行ったのが堪えたのかなあ・・・。以前、ブログにも書きましたが、下の姉が「片付けられない症候群」で家の中がメチャクチャ。でも、いろんなことがあって姉も変わろうとしています。その一歩として、少し家を片付けよう・・・と言うことになったのです。

以前うつ病になり家事が全然出来なくなった時期に、上の姉と母が片付けに行きました。その時は下の子が赤ちゃんだったのでわたしは行かれませんでした。あれから10年以上たち、母は心配して騒いでいるけどもう自分は行かれない。上の姉も仕事があるので、19歳の娘が代わりに来てくれました。我が家でも、一度だけ上の子が一緒に行って手伝ってくれました。

3月から4月はじめにかけて3回通いましたが・・・何せ往復4時間近くかかるし、膨大な量のゴミ。姉の娘にも手伝わせましたが、基本的に「片付ける」と言う習慣が身についていないのですから、すぐメールしたりサボったりするのをお尻をたたきながら・・・。2日間でとりあえず、一部屋を空け(部屋いっぱいに物が詰まっていました)ゴミをまとめ、3日目はレンタカーを借り、市のゴミ処理センターにゴミを運びました。

最初は姉の家まで運転して行こうと思ったのですが、運転歴は長いけど県外にはあまり出たことがない、高速経験皆無のオバサンドライバーのわたし。上の姉が心配して電話をくれました。「命を粗末にするな!レンタカーを借りなさい。」だって。

部屋からゴミを運び出し→エレベーターでマンション下まで降ろし→車に積み込み→ゴミ処理センターまで運び→搬入し→支払いし→マンションに戻る・・・この作業を3回やったら半日以上かかってしまいました。ゴミ処理センターは彼の住まいの近く。どうしてるかなあ?たぶん部屋にいるだろうなあと思いながらも、電話するゆとりもありませんでした。

センターが面白かったです。入口に車ではいると、「○○キロ」って重量が記録されるんですね。それで、いろんな処理場に分別して捨てて来て帰りに出口に車ではいるとまた「○○キロ」って表示される。その差がゴミの量、って事で100キロまで市民は無料。その他は10キロごとに30円とかで引き取ってくれました。「今日はこれで終わりですか?」なんて聞かれ、「また来ます。」と答えたり。当の姉は全然気にも留めず、明るくカラカラ笑っていました。

センターはお役所だから開いてる時間が限られていて、それなら業者にお願いしようとかとも話していたんですが、いかんせんお値段がやはり高い!!1日目は資源物だけマンションの置き場においてきましたから、それをのぞいてもゴミの量はその日だけで300キロくらいでした。

ようやく一部屋が空になったけど、まだまだ台所、洗面所、居間、ベランダもすごいし、閉じこもってでて来ない長男の部屋も足の踏み場もないらしい。でも、「後は家族でやってもらおう。」と言うことになりました。姉の夫も「オレが車出しても良かったのに・・・。」と言ってたらしいから。

上の姉は「基本的には家族でどうにかするべきだよ。だんなは何やってるの?会うと腹が立っていろいろ言っちゃいそうだから、わたしは静観してるよ。」と言って、娘を来させたのでした。

わたしももう限界なので、「後は少しずつ自分たちでやるよ。」と言う姉の言葉を信じているのですが・・・自分たちで出来るならとっくにやってるよね。ただ、ここ数年の散らかり方は異常だったので、気持ちが回復してくれば少しは良くなるんじゃないかと思います。

以前精神病関係の本を読んだけど、こういう症状の人って結構いるみたいですね。ゴミ屋敷なんかもその類でしょう。姉一家も元気にはしているけど、心のどこかに病的なものがあるんでしょうね。

それは同じDNAを受け継いでいるわたしも同様なんだと思います。だから、ゴミを片付けたことでスッキリした反面、何だかポッカリ穴が開いてしまったような、体の一部をとられてしまったみたいなズドーンとしたダメージみたいなものがあって、すっかりやられちゃったって感じです。姉たちも熱でも出すんじゃないかと心配していましたが、わりにあっけらかんとしています。

先日、「どう、その後片付けた?」と電話したら、「いや~~・・・全然・・・(汗)」と言う答えでした。上の姉の娘「やっぱり!!そのうちまた行かないとダメだね。」と言ってくれましたが、う~~んやりかけたままで終わっているようで気にはなるけど、またやる元気は今のところ沸いてこないな~。 

少しでも片付けば、子どもたちの心も安定してくると思うんだけどね。とりあえず、GWになったら我が家の方の片づけをしなくちゃ・・・と思っています。 

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踏み出した一歩

最近、彼のお仕事のこと以外に、姉のことでも奔走していました。以前、高2の長男が引きこもりになって悩んでることをブログにも書いた、3歳年上の姉です。

結局、長男は進級できず、通信制の高校に転校するよう学校側から促されたそうです。ウチの娘のところも公立だけど留年してる子も結構いるらしいんですが、県が異なるからかなあ?突然呼び出され、転校の手続きしか説明されずせかされた、と姉は憤慨していました。

最近、外で会うことが多かったので、久しぶりに姉の家を訪れ驚きました。長男がひっきりなしに2台のデッキでテレビ番組を録画し続けているとかで、ビデオとDVDが山のよう。そのうえ、部屋で見るのか毎日のようにレンタルDVDが宅配便で届くとか。完全な依存症でしょう。長男は心にポッカリ開いた穴をそれで埋めようとしているのかもしれない、と思うと胸が痛くなりました。

また、姉自身もいわゆる「片付けられない症候群」。足の踏み場もないような有様でした。中2の長女も原因不明の頭痛に悩まされ、洋服を買いまくり友達と遊びまくっているとの事。それを見てみぬふりの夫さんは単身赴任。悩みは深い、と私自身も頭を抱えてしまいました。

しかし・・・今、姉は家族が幸福を取り戻すために、新たな一歩を踏み出しました。自分自身を見つめなおし、まず自分が変わろうとしています。こんな姉を見たのは初めてです。わたしも及ばずながら応援していこうと思い、現在いろいろお手伝いしています。

考えてみれば、両親が離婚し、母と過ごした私も寂しかったけれど、父の再婚先に引き取られた姉たちも継母と異母弟たちとの生活の中で、たくさんの心の傷を負っているのです。5年ほど父と暮らした後16歳で家を飛び出した上の姉も大変だったと思いますが、高校卒業までとどまった下の姉(今書いているほうです)も辛い思いをしたに違いありません。おしゃべりで明るかった下の姉が、継母に苛められいつの間にかしゃべらない子になってしまった・・・と、今でも上の姉は悲しそうに語ります。上の姉はわたしの母と仲が良く、わりに行き来していますが、下の姉とはギクシャクしています。下の姉の気持ちの中に、母に見捨てられた・・・と言う思いがあるのかもしれない、とわたしは感じていました。

それでも今回の姉の長男の問題では、父も心配して「力になってやってくれ。」と電話してきました。母も心配してわたしにいろいろ聞いてきます。わたしは父や母に心配かけないように振舞ってるし、表面上は何の問題もない・・・夫はきちんと働いて家族を大切にする人で我が家は幸せ、と思われている・・・ので、みんなに心配してもらえる姉がちょっぴりうらやましい気もしてしまいますが・・・。親の気持ちってありがたいなあ、と実感しました。

下の姉は我が家の状況も良く知っているので、自分のほうも大変なんだけど、「ピコピーはずっとだんなさんと暮らして行くつもりなの?」と心配してくれます。

わたしも自分を見つめながら、悪戦苦闘しながらも少しずつ前に進んでいるよ。だから、お姉ちゃんも頑張ろう!きっと良い方向に進んで行くよ!いや進めなくちゃいけないよ。家族のためにお母さんが頑張らなくちゃ!と、お互いに励ましあっています。まあ、照れくさいからそんなにハッキリ言ってるわけじゃないけどね。気持ちは通じているのを感じます。

やはり、わたしたち姉妹の問題は3人で力を合わせて解決していかないといけないと思うので、今日は上の姉のところに行って、少し相談してきます。

それにしても~~昨日も下の姉の近所の人に「ほんとに良く似てるわね。しぐさやくせまでそっくり。双子みたい。」と言われてしまいました~~。DNAっておそろしいですね。せっかく彼の近くに住んでるんだから、できれば交換したいくらい。このところ、姉の家を何往復かしていて、すぐそばに彼が住んでるのに全然会って行くヒマないし~~。しょうがないですね。

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バレンタインに思う・・・。

今日はバレンタインデーですね。長女は手作りの材料やラッピング類を買い込んできて、「友チョコ」を40人分くらい作り、張り切って学校へ行きました。次女は今週末が定期テストなので、1週間遅れでチョコ作りをするんだそう。材料だけは日曜日に買ってきました。

二人とも本命はいないの?とたずねると、「まさか!」との返事。長女は男女ともに友達は多いけど、彼氏はまだ考えられないそう。父親を見ていると、男の人って外ではいい顔していても、家で奥さんをいじめてるんじゃないかって思っちゃうんだって。次女はもっと手厳しい。キモイ男子しかいないって。唯一?話題に出てくる部活の先輩の男子は「オバサン」と言うあだ名のオカマっぽい子。女の子感覚で話せて面白いんだって。

娘たちは明るいし見た目もそんなに悪くないと思うんだけど、告(コク)られた、という話も全然ない。ちょっと男性不信の気があるかもしれない。まだまだこれからだけど、いろんな人と楽しくお付き合いして、よきパートナーを見つけて欲しい、と願ってやみません。

わたしはとりあえず、彼にはチョコ送りました。甘いもの好きだしね。「チョコ送るね。」と電話したら、「いいよ~~別にいらないよ~。」と言ってました。「会って渡したいけど、ちょっと忙しいし、あんまり会わないほうがいいかもしれないしさ。」と言ったら、「何で?別にかまないだろ。オレはいつでもいいよ。」だって。

夫にはお寿司。今日の晩は高校の役員会で少し遅くなるし、次女は塾でいない。「バレンタインだからわたしがおごるよ。お寿司頼んでおくから上の子と二人で食べていてね。」「そう?オレが何かおかず買って帰って来ようか?」「いいよいいよ、お寿司にしよう!」長女があわてて止めました。買って来てくれるのはいいけど、温めたり食器を用意したり後片付けしたり、「お前が出かけるとオレにしわ寄せが来る。」「長女が何も手伝わない。」などとまた恩に着せられたらたまらない。

バレンタインと言えば、高校生のとき、好きだった子に手作りクッキーを渡して付き合い始めたっけ。受験生だったから一緒に模試を受けに行ったり、図書館で勉強したり。高校時代って、楽しかったな。でも、その彼、島田紳助に似てるんだよね~~。

大学生のとき付き合ってた彼は考えてみると、今の彼に似ています。三男でお兄さん二人も大学出だし、実家も新築したばかりで仕送りゼロ。それなのに、音楽系のサークルの中心的存在でのめりこんでいて、アルバイトもろくにしない。いつも同じ服を着て、お金がなくて大変そうでした。よくわたしのアパートにご飯食べに来ていました。わたしは父からの仕送りと奨学金をやりくりしてわりに余裕だったけど、ある時「光熱費を払えなくて止められてしまったからお金貸して欲しい。」と頼まれ、断ったら駄々っ子みたいになっちゃったことがありました。結局貸したけど・・・。

その彼は卒業後地方公務員になり、遠距離恋愛は1年も持たず、別れました。数年前、大学の同窓会でたまたま見かけたら、白髪は増えていたけど、今お茶のみしてる彼と面差しが似ているのでびっくりしました。大学時代の彼と別れて1年くらいして、今の夫と付き合い始めましたが、その頃は夫に彼の姿を重ね、似てるなあ・・・と思っていたんですけど。結局、わたしの男性の好みって同じなんでしょうね。

この大学時代の彼がセックスの部分では一番合っていたなあ、と思います。お互い初めて同士だったけど。ハッキリ言っちゃうと、夫とは最初からあまり相性がよくなかったと思います。自分本位で相手への思いやりにも欠けるし、いつも単調。結婚前後は何とかそれなりだったけど、長女が生まれてから1年間全く触れてもらえなくなりました。その後少し復活して次女が生まれましたが、少しずつなくなっていきました。次女が幼稚園に入る頃、すでにレスで悩んでいたように思います。人知れず悩み、いろいろ調べていたら、モラハラの方にたどり着いてしまったんですね。

高校生の時の彼とも、行くところまで行ってしまいそうになりながらも、「まだ高校生なのに、こんなことしちゃいけないんじゃないか?」といつもうじゃうじゃ悩んでいました。今、夫以外の彼と時々会いながらも、「これ以上踏み込んだらいけないんじゃないか?人としての道を外れてしまうんじゃないか?」「でも一度しかない人生。年齢的にももう後がない。後悔しないで思い切って飛び込みたい。」などとうじゃうじゃ悩んで進めずにいる・・・私って全然進歩してないんだあと実感します。

バレンタインのことから、思わぬ方向に脱線してしまいましたが、私以外にも性生活で悩んでいる人はたくさんいると思います。本来は夫とやり直せるよう働きかけるべきなんでしょうが、他の部分はともかく性に関してはわたしはもうあきらめています。もちろん全てが思いどおりにいくわけはないんですが・・・なかなか人には言えないけど、大切な部分だと思います。やっぱり辛い・・・。

これからどうなるかわかりませんが、どう生きるかは自分が決め責任を取っていくしかないよね。やらずに後悔するよりは、やって後悔するほうがいい、と思ったりしています。・・・といっても、彼が応えてくれないので、どうしようもないですけどね~~。娘たちにはこの部分も含めて、幸せな人生をおくってほしい、と切に願っています。

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引きこもり

昨日、下の姉から突然電話。近くまで行く用事があるので、お茶しない?とのこと。私には二人姉がいて、下の姉は3歳上ですが、子どもは高2と中2で同じ年頃、だんなさんも夫と同級の年。両親の離婚で子どものころは離れ離れで暮らしていましたが、成人し結婚してからは環境が似てることもあり、家族ぐるみでよく会うようになりました。

この姉がまたわたしと顔がそっくりなんですよ。背格好も同じくらいだし、子どもたちに言わせると、声や雰囲気、しぐさや爪の形まで似ているらしい。その上、偶然にも彼のすぐそばに住んでるんだわ~。彼のアパートの正確な場所は知らないけど、姉のマンションから徒歩15分以内のエリアだと思います。最寄り駅も同じだし。

彼と会うのはいつも彼の最寄り駅そばの安い喫茶店なので、もしかしたら姉の知り合いにどこで見られてるかわからない・・・。姉が在らぬうわさに巻き込まれてもいけないので、彼と時々お茶してることは姉には話してあります。「友達に何かいわれたら、あれは妹だからって話してね。」と。姉「ふ~~ん、どういう関係だか知らないけど、まあ良いけどね。」彼「帽子かぶってる変なのと一緒だったって、言われるかな?」とちょっと微笑んでいました。(彼はハゲてるので、いつも帽子をかぶっていてお店でも脱ぎません。)

姉はわたしに何か話があったらしい。たぶん、子どもたちの問題について相談したかったんだと思います。それなのに~~わたしと同じ市内に単身赴任してる姉のだんながついて来る事になっちゃった。「いろいろあったのに、話せなくなっちゃった。」と姉。しょうがない、この次ね・・・と、その場は姉夫婦と談笑。

実は姉の高2の息子が最近引きこもりがちになってしまったらしい。自分の部屋から出てこず、食事も部屋で取り、風呂もろくに入らず、トイレ以外では顔も合わせない。とうとう、冬休みが終わっても学校へ行かなくなってしまったんだそうです。我が家の娘たちと仲が良く、高校へ入るまではしょっちゅう遊んでいたのがウソのよう。ウツ気味だということで、心療内科にも通い始めたけど、はかばかしくないらしい。

姉の夫「オレとも全く口を利いてくれないんだ。下の子(女の子)は遊びまくっていて、いつもキーキーしていて話にならない。何でこんな風に育っちゃったんだろう?」「やっぱりお前の育て方が悪かったんじゃないか?」おいおい、わたしの前でいきなり姉に責任転嫁?

「うちだっていろいろありますよ~。難しい年頃だしね。」なんて話を持っていったけど・・・姉夫婦の苦悩も深い。今までこんなに悩む姉を見たことがありません。受け止めることが出来ず相手のせいにしたくなる、姉の夫の気持ちもわかる気がします。

夕食を夫に任せて出かけたので、帰って来たら3人で手巻き寿司を食べていました。「どうだった?」「うん、大変みたい。」夫「男の子は難しいよな。オレは二人とも女の子でよかったよ。」夫に悪気はない。わたしや娘たちがどんなに苦悩し、夫を受け止めながら生活しているか・・・。考えてもいないでしょう。

夫が姉夫婦のような苦難にぶつかったら、受け止められず、そんな子どもを持った自分がかわいそうだと人一倍大騒ぎするでしょう。例によって「生きてても全然いい事がない。」とか言って海を見に行くかも。会社では娘を思う悩める父親を演じながら。夫がそんな弱い人なのは十分わかってるから、わたしは夫が悩まないように外堀を埋める作業?をし続けるしかありません。そうしていかないと、被害をこうむり大変になるのは、私自身だから。

一番苦しいのは姉の息子自身だと思います。何もしてあげられない叔母ですが、早く暗闇から抜けられるよう、陰ながら祈っています。今わたしにできることは姉の気持ちを聞いてあげることくらいです。

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